読書シリーズの第二弾です。今回は島崎藤村の「夜明け前」を読んでいましたが、第一部を読み終えたところで中断していました。中だるみしてしまい、第二部へ取り掛かる気持ちが薄れていたのですが、ここで挫折してしまうと第一部を読んだ努力が無駄になってしまいますので、気合を入れ直して最後まで読み終えようと思います。

 

 この本の出版は昭和48年となっていました。全体的に日焼けして変色してはいますが、その度合いは若干の程度なので読むのに問題はありません。どうやら誰も一度も読んでいないようです。この本は出版されてから今までどのような変遷を辿って来たのか想像もできませんが、誰かに一度は読まれたほうがこの本にとっても幸せではないかとも思うのです。

 

 古典・名作の類はフリーの電子書籍として公開されていて手軽に読めるような時代になりましたが、それでも、自分が小さな子供の頃に出版された昭和の書籍を、肌触りを楽しみながら頁をめくって読んで行くのもまたよろしいのではないでしょうか。

 


夜明け前 (第2部 下) (新潮文庫)/新潮社
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2-9-1 「嫁入り支度」

 

八月の来ることには、娘お粂が結婚の日取りも近づきつつありました。その日取りも次第に近づいて見ると、三十三ヵ村の人民総代として半蔵らが寝食も忘れるばかりに周旋奔走した山林事件は意外にもつれた形のものとなって行きました。

福島支庁から言い渡された半蔵の戸長免職は厳しい督責を意味します。彼が旧庄屋としてのその生涯もその時を終わりとします。彼の継母や妻にとっても、これは思いがけない山林事件の結果でした。娘お粂が結婚の日取りの近づいて来たのは、この青山一家に旧い背景の消えて行く際でした。

二月に伊那南殿村の稲葉家から吉辰申し合わせの書付けが届きました。これまでにお粂の縁談をまとめてくれたのは他ならぬ姑おまんであり、その人は半蔵にとっても義理ある母であるのに、肝心のお粂はとかく結婚に心も進みませんでした。お粂は、ますます父半蔵に似て行くような子であり、性来の感じやすさから、父が戸長の職を剥がれ蒼ざめた顔をして家に帰って来た時なぞも、彼女の小さな胸の痛めたことは一通りではありませんでした。

ある日、お民は娘が嫁入り支度のために註文しておいた染物の中にまだ間に合わないもののあるのをもどかしく思いながら、取り出す器物の用があって裏の土蔵の方へ行きました。何気なくお民は梯子段を登って行って見たのでした。青山の家に伝わる古刀や書画の軸なぞ、蒐集していたものを取り出して思案顔でいる半蔵の姿でした。お民は、諸方の旧家に始まっている売立ての噂に結びつけて、そんな隠れたところに夫が弱みを覗いて見た時は、胸が迫ったのでした。

 

 

2-9-2 「継母おまん」

 

お民はその足で裏二階の方に姑を見に行きました。娘を伊那へ送り出すまで、何かにつけてお民が相談相手と頼んでいるのは、おまんのほかにありませんでした。

「どうでしょう、お母さん、今度の山林事件が稲葉へは響きますまいか」

「そんな稲葉の家じゃあらすかい。家の事情で反古にするような水臭い人たちなら、最初からわたしはお粂の世話なんぞしないよ」

おまんはそんな調子でした。

母は、高遠との内藤大和守の藩中で、坂本流砲術の創始者として知られた坂本孫四郎の娘にあたります。故あって母は初婚の夫の家を去り、その母とともに南殿村の稲葉の家に養われたのがおまんでした。

このおまんは継母として、もう長いこと義理ある半蔵をみまもって来ました。

「そういえば、お民、半蔵が吾家の地所や竹藪を伏見屋へ譲ったげなか、お前もお聞きかい」

それがお粂の嫁入り支度の料に当てられるであろうことは、おまんにも想像がつきます。

お民は母屋の方へ戻りかける時にいいました。

「お母さん、あなたのようにそう心配したらきりがない。見ていてくださいよ、わたしもこれから精一ぱい働きますからね」

 

 

2-9-3 「お民」

その月の末、平田同門の先輩の中でもことに半蔵には親しみの深い暮田正香の東京方面から木曽路を下って来るという通知が彼のもとへ届きました。半蔵は久しぶりであの先輩を見得るよろこびを妻に分け、お民とともにその日を待ち受けました。

お民は待ち受ける客人のために乾しておいた唐草模様の蒲団を取り込みに、西側の廊下の方へ行きました。ちょうど、お粂も表玄関に近い板敷きの方で織りかけていた機を早じまいして、その廊下つづきの方へ通って来ました。その時、お民は娘の様子をよく見ようとしましたが、それは叶いませんでした。お粂は見るまじきものをその納戸の窓の下に見たというふうで、また急いで西側の廊下の方へ行って隠れたからでした。

正香と半蔵とが久々の顔を合わせた時は、どっちが先とも言えないようなその「やあ」が二人の口を衝いて出ました。客を迎えるお民のうしろについて、いそいそと茶道具なぞ店座敷の方へ持ち運ぶ娘までが、日ごろ沈みがちなお粂とは別人のようでした。子供本位のお民はうれしさのあまり、勝手のいそがしさの中にもなおよく注意して見ると、娘はすぐ下の十六歳になる弟ばかりでなく、五歳になる弟まで呼んで、

「森夫もおいで。さあ、おべべを着更えましょうね」

と喜ぶ様子でした。 

 


半蔵が奔走した山林事件は意外にもつれた形どころか、最悪の結果となってしまいました。半蔵は戸長を免職され、これはつまり旧庄屋としての青山家が終わることを意味します。妻のお民は健気にも回りを引っ張って生きて行こうとしますが、嫁入り支度中でもある娘お粂には目に見えない大きな影響を与えてしまいます。

 

 

 

 

 


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