『会報 20171月号』(発行:東京都社会保険労務士会)より

 

今回の労働判例は、信用組合同士が合併した際に、引き継がれる職員の退職給付規程における退職金の支給基準が不利に変更されたことについて、従前の給与規程に基づく計算による退職金を請求した事案です。

注目点は、退職金の支給基準の変更について同意する旨の書面に署名押印しても、そのことだけで労働者の個別の同意があったと認められることにはならないとしたこと、労働協約の効力に関わって職員組合の代表である執行委員長が締結したとしても当然に労働協約締結権限があるとは言えず、その旨の根拠が必要である、としたところです。

 

1.概要

A信用組合は破綻を回避するため、Y信用組合に合併を申し入れました。合併に伴って、A信用組合の職員に係わる合併後の退職金の支給基準につき、支給基準の一部を変更しました。このことによって、新規程により支給される退職金額は旧規程により支給される退職金額と比べて著しく低いものとなりました。

A信用組合は、基準変更について職員に対する説明会を実施し、管理職員に対しては同意書を示して署名を求めました。管理職は全員、これに応じて署名押印しました。また、職員組合の執行委員長は、合併後の退職金の支給基準を新規程の支給基準とする旨記載された労働協約に署名または記名をし、押印しました。

Xらのうち5名は新規程の実施前に退職し、その余の7名はその実施後に退職しましたが、変更後の支給基準が適用された結果、退職金総額よりも控除額のほうが高くなり、支給される退職金は0円となりました。

1審の地裁判決では、

 ・基準変更に対するXらの同意は有効

 ・労働協約により、Xらについて基準変更の効力が及ぶ

 ・Xらが署名したことにより新たな労働条件に同意したことになる

として、Xらの請求を退けました。

争点は、Xらのうち管理職であった者については同意があったと言えるかどうか、組合員であった者については労働協約の効力が及ぶかどうか、という点です。

 

2.判決の要旨

労働条件を不利益に変更する場合であっても、労働者と使用者との個別の合意によって変更することができるとして上で、そうだとしても、変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきである、としています。

また、労働者の同意の有無については、受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、不利益の内容及び程度、経緯及びその態様、情報提供または説明の内容等に照らして、労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも判断されるべきものと解するのが相当とされました。

労働協約書に署名押印をした執行委員長の権限については、組合を代表しその業務を統括する権限を有する旨が定められているに過ぎず、規約をもって執行委員長に労働協約を締結する権限を付与するものと解することはできない、としました。

 

 

次回は、解説についてまとめます。