『月刊社労士 201612月号』(発行:全国社会保険労務士会連合会)より

 

職場環境変更によるプレッシャーとパワハラで、精神障害を発症した事例

 

『月刊社労士』に毎号載せられている「労働保険審査会裁決事例」の内容を要約、情報追加してご紹介します。

 

<事例趣旨>

請求人は販売員として就労していましたが、交通事故のため休職し、その後復帰しました。その間にレジのシステムが変わり、研修を受けたものの上司からレジ操作などでプレッシャーを受け、加えて嫌がらせなどのパワハラもあったとして、精神障害を発病しました。

請求人は業務上の事由により発病したとして、療養補償給付と休業補償給付を請求しましたが、労基署長は、業務に起因することが明らかな疾病とは認められないとして支給しない旨の処分をしました。

本件は、請求人の精神障害が業務上の事由によるものであると認められるか否か、がポイントになります。

<裁決結果>

請求人の業務による心理的負荷の全体評価は「弱」と判断でき、また業務上の事由によるものとは認められませんでした。従って、療養補償給付及び休業補償給付を支給しない旨の処分は妥当であり、取り消す理由はないとされました。

<事実の認定及び判断>

労働局地方労災医員協議会精神障害等専門部会は、医師の所見及び請求人の請求人自覚症状等を踏まえ、それを受けて審査会は、請求人がF43.2適応障害を発症したものと判断しました。精神障害の業務起因性の判断に関して厚労省が「心理的負荷による精神障害の認定基準について」を策定しており、この認定基準に則って判断します。

先ず、認定基準の「特別な出来事」の類型に示されている「心理的負荷が極度のもの」または「極度の長時間労働」は認められません。

次に「特別な出来事以外」についてですが、請求人が休職中にレジのシステムが変更され、復職後に新しいシステムの操作方法を習得する必要が生じたことについては、「仕事内容・仕事量の変化を生じさせる出来事があった」に該当し、その平均的な心理的負荷の強度は「Ⅱ」となります。請求人は、他の人たちは時間を掛けて教育を受けたが、自分は30分後にはレジ打ち接客や前方のレジばかりで仕事をさせられた、と主張しました。しかし、リーダー格の従業員は、実習も1時間は行ない、その後2人制レジでも研修時間を費やした、とし、また同僚の従業員は、請求人と2人制で研修を行ない、レジのことを学んで特に問題なくできていた、と申述しています。

このことから、復職後の請求人の業務内容に大きな変化はなく、関係者の申述からもシステムの変更に対応するための研修も同僚がついて複数回実施されており、請求人も問題なく対応していたと思科されることから、当該出来事の心理的負荷に係わる総合評価は「弱」であると判断されます。

また、請求人は、復職後にレジ部門の上司から嫌がらせを受けて店内などで罵声や怒号を浴びせられた、使えないと思ったら即辞めてもらうなどとプレッシャーを掛けられた、と主張しており、これは「上司とのトラブルがあった」に該当すると考えられます。この点について上司は、元々声が大きいので人によっては怒鳴られたと感じてしまうことは否定できないが、誰に対しても同じように言っている、とし、今のままでは契約の更新が難しいと言ったが、それは研修に1.5倍掛けたのにメモは取らない、やる気が感じられないことから、請求人に奮起してもらうために言った、と申述しています。

このことから、上司の言動は業務指導の範囲内であり、客観的にはトラブルとは言えないものと判断され、当該出来事の心理的負荷に係わる総合評価は「弱」と判断されます。

請求人は、レジ打ちミスを自分で処理し、経過を説明している時、気分が悪いと訴えても聞いてもらえず倒れ、執拗に繰り返されて再度倒れたとしていますが、この件も同僚が詳しく聞こうとしていたが、請求人を執拗に怒った事実はない、として認められませんでした。

このことから、請求人と同僚の間に客観的に認識されるようなトラブルが生じていたとは認められず、当該出来事の心理的負荷に係わる総合評価は「弱」と判断されます。

以上を総合すると、業務による心理的負荷の強度はいずれの出来事も「弱」と認められ、請求人の業務による心理的負荷の全体評価は「弱」と判断されます。また業務上の事由によるものとは認められず、従って労基署長が請求人に対して行なった療養補償給付及び休業補償給付を支給しない旨の処分は妥当であり、取り消す理由はないとされました。

 

 

会社としてしっかりサポートして、やることをやっておけば、本人以外の他の従業員についてはもちろんトラブルが生じることはありませんし、あとは本人自身の問題となります。上司は奮起してもらうためにも大きな声を掛けてやる気を引き出そうとしていますが、結果としてそれも本人に届かなかったことになりますので、二重に残念なことになってしまいました。