読書シリーズの第二弾になります。今回は島崎藤村の「夜明け前」を選びました。思えば、前回の「武田勝頼」は甲斐武田家の滅亡を書いた小説でしたが、今回は見方によれば江戸幕府徳川家の滅亡の話とも考えられます。それで、この小説を選んだという理由もありますが...この本の出版は昭和48年となっていました。全体的に日焼けして変色してはいますが、その度合いは若干の程度なので読むのに問題はありません。どうやら誰も一度も読んでいないようです。この本は出版されてから今までどのような変遷を辿って来たのか想像もできませんが、誰かに一度は読まれたほうがこの本にとっても幸せではないかとも思うのです。

 古典・名作の類はフリーの電子書籍として公開されていて手軽に読めるような時代になりましたが、それでも、自分が小さな子供の頃に出版された昭和の書籍を、肌触りを楽しみながら頁をめくって読んで行くのもまたよろしいのではないでしょうか。

 今回は、幕末において徳川家の威信が堕ちてしまい、江戸や京都といった都市ばかりでなく、田舎には田舎の騒動が起こり、日本国中が乱れて行きます。

 

1-5-3 「草山の争い」

七月を迎えるころには、寛斎は中津川の家を養子に譲り、住み慣れた美濃の盆地も見捨て、かねて老後の隠棲の地と定めておいた信州伊那の谷の方へ移って行きました。半蔵の周囲には、驚くばかり急激な勢いで、平田派の学問が伊那地方の人たちの間に伝播し始めます。

「半蔵さま、福島からお差紙よなし」

村方のものが半蔵のところへやって来ました。村民同志の草山の争いです。至るところに森林を見る山間の地勢で、草刈る場所も少ない土地を争うところから起って来る境界のごたごたです。二人の百姓総代は峠村からも馬籠の下町からも福島に呼び出されました。湯舟沢の百姓は、組頭とも都合八人のものが福島の役所に呼び出されました。

諸国には当時の厳禁なる百姓一揆も起こりつつありました。半蔵は、村の長老たちが考えるようにそれを単なる農民の謀反とは見なせませんでした。

 

1-5-4 「土塚」

十三日の後には、福島へ呼び出されたものも用済みになり、湯舟沢峠両村の百姓の間には和解が成り立ちました。やがて両村立合いの上で、かねて争いの場処である草山に土塚を築き立てる日が来ました。土塚の周囲に集合していると、そこに隣村妻籠の庄屋として立合いに来た寿平次が笑いながら立っていました。

半蔵は寿平次を誘いながら家路をさして帰って行きます。横須賀の旅以来、二人は一層親しく往来していました。酒のさかなを用意して、半蔵と寿平次とは涼しい風の来る店座敷の軒近いところにめいめいの膳を控えました。

「横須賀行きの時分と見ると、江戸も変わったらしい」

「こないだも江戸土産を届けてくれた飛脚がありましてね、攘夷論が大変な勢いだそうですね。浪人は諸方に乱暴する、外国人は殺される、実に物凄い世の中になりました」

「変な流行だなあ」 

と寿平次は言葉を継いで、やがて笑い出します。

「良い小判は浚って行かれる、物価は高くなる、みんなの生活は苦しくなる---これが開港の結果だとすると、こんな排外熱の起って来るのは無理もないじゃありませんか」

二人が時を忘れて話し込んでいるうちに、いつの間にか夜は更けて、酒はとっくにつめたくなり、丼の中の水に冷やした豆腐も崩れてしまいました。

 

1-5-5 「大火」

平田篤胤没後の門人らは、しきりに実行を思うころでした。京都の公卿たちの間に遊説を思い立つものがあります。当時は井伊大老横死の後をうけて、老中安藤対馬守を幕府の中心とする時代です。幕府方には尊王攘夷説の根源を断つために京都の主上を幽し奉ろうとする大きな野心がある、こんな信じがたいほどの流言が伝わって来るころでした。当時の外国奉行堀織部の自殺も多くの人を驚かしました。

誰もがこんな流言を疑い、また信じました。幕府の威信はすでに地を掃い、人心はすでに徳川を離れて、皇室再興の時期が到来したというような声は、血気壮んな若者たちの駒を打たずにはおきませんでした。その年の八月には、名高い水戸の御隠居(烈公)の薨去をも知りました。

父は老い、街道も日に多事で、本陣問屋庄屋の仕事は否でも応でも半蔵の肩にかかって来ます。その年の十月、馬籠の宿は十六軒ほど焼けて、半蔵の生まれた古い家も一晩のうちに灰になりました。三年のうちに二度の大火は、村としても深い打撃です。

京都にある帝の妹君、和宮内親王が時の将軍(徳川家茂)へ御降嫁とあって、東山道御通行の触れ書が到来したのは、網羅ではこの大火後の取込みの最中でした。 

 

 

徳川の威信は地に堕ちてしまいもう頼れない、これからは徳川に代わって皇室が再興されて日本の国を治めてくれる、という天皇への権力の入れ替わりを望む世相というものも、国学の影響からなのでしょうか。

 

 



 

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