読書シリーズの第二弾になります。今回は島崎藤村の「夜明け前」を選びました。思えば、前回の「武田勝頼」は甲斐武田家の滅亡を書いた小説でしたが、今回は見方によれば江戸幕府徳川家の滅亡の話とも考えられます。それで、この小説を選んだという理由もありますが...この本の出版は昭和48年となっていました。全体的に日焼けして変色してはいますが、その度合いは若干の程度なので読むのに問題はありません。どうやら誰も一度も読んでいないようです。この本は出版されてから今までどのような変遷を辿って来たのか想像もできませんが、誰かに一度は読まれたほうがこの本にとっても幸せではないかとも思うのです。

古典・名作の類はフリーの電子書籍として公開されていて手軽に読めるような時代になりましたが、それでも、自分が小さな子供の頃に出版された昭和の書籍を、肌触りを楽しみながら頁をめくって読んで行くのもまたよろしいのではないでしょうか。

今回は、馬籠の本陣を営む吉左衛門の青山家の話になります。

 

1-1-1 「青山家」

七月に入って、吉左衛門は木曽福島の用件を済まして出張先から引き取って来ます。金兵衛は待兼ね顔に、無事で帰って来たこの吉左衛門を自分の家の店座敷に迎えます。上の伏見屋の仙十郎が顔を出しますが、何か気づまりなじっとしていられないようなふうで、やがてそこを出て行きます。

「みんなどういう人になって行きますかさ---仙十郎にしても半蔵にしても」

若者への関心にかけては、金兵衛とても吉左衛門に劣りません。亜米利加のペリイ来訪以来のあわただしさはおろか、それ以前からの周囲の空気の中にあるものは、若者の目や耳から隠したいことばかりです。

東海道浦賀の方に黒船の着いたという噂を耳にした時、最初吉左衛門や金兵衛はそれほどにも思いませんでしたが、様々な流言が伝わって来ます。旅役人としての吉左衛門らはそんな流言からも村民を護らなければなりませんでした。間もなくこの街道では江戸出府の尾張の家中を迎えました。尾張藩主(徳川慶勝)の名代、成瀬隼人之正、その家中のおびただしい通行の後には、かねて待ち受けていた彦根の家中も追い追いやって来ます。

村の人たちは皆、街道に出て見ました。その中に半蔵もいます。彼は父の吉左衛門にも似て背も高く、青々とした月代も男らしく目につく若者です。ちょうど暑さの見舞いに村へ来ていた中津川の医者と連れ立って、通行の邪魔にならないところに立っています。この医者が宮川寛斎で、半蔵の旧い師匠です。

吉左衛門が青山の家は、馬籠の裏山にある本陣林のように古く、吉左衛門が青山の家を継いだころは、十六代も連なり続いて来た木曽谷での最も古い家族の一つです。青山家の古い屋敷は、もと石屋の坂を下りた辺にあります。由緒ある武具馬具なぞは、寛永年代の大火に焼けて、二本の槍だけが残っていました。隣家の伏見屋なぞにない古い伝統が年若な半蔵の頭に深く刻みつけられたのは、幼いころから聞いたこの父の炬燵話からでした。

 

 

宿場から往来する人々を見たり噂を聞いたりしているだけでも、幕府の治世が少しずつ乱れて来て入ることがはっきりと分かります。これからの世を次の若い者たちに引き継ぐ責任感から、吉左衛門や金兵衛らは、彼らに見せたくないものをどう隠せばよいか腐心します。黒船騒動は世の中がこれから変動して行く一つのきっかけであったのであり、ペリイ来航が歴史上起きなかったとしても、徳川の世の中が瓦解してしまうのは必然であったのかも知れません。

 

 

 

 

 

ペタしてねどくしゃになってね…