『会報 20161月号』(発行:東京都社会保険労務士会)より

 

従業員が仕事の過程で会社に損害を与えた場合、使用者は従業員に対して損害賠償請求ができます。しかし一般の取引関係とは異なり、労働関係においては、使用者は労働者を使用することで利益を得ているのだから使用者が負担すべきという責任制限法理が判例で形成されています。今回の事例は、従業員の業務の不適切実施やノルマ未達などによって、会社の売上げが減少したというケースです。基本的に、業務に伴う労働者の過失による損害については、労働者は責任を負わないとされていますが、問題はどのような場合に労働者の責任が縮減されるのか、その判断基準はどのようなものか、という点です。

 

1.概要

原告であるX社は、コンピュータシステムの企画、設計、開発、販売、受託等を業務とする会社です。被告であるYは、取引先のF社が政策した販売管理ソフトのカスタマイズを行うFチームに属し、その責任者でした。ある時期からF社に納品するカスタマイズ業務について不具合が生じるようになり、その原因は、YFチームのミスやF社システムの誤りなどでした。

F社では、X社のカスタマイズ業務の質が落ちて来たということで、徐々に発注量を減らしました。F社に対する売上げが低下したため、Yは目標の未達について上司から叱責されることが続いて不眠となり、自責の念に駆られて体調を崩すことになりました。その後、うつ状態と診断され、YX社を退職しました。

 

2.判決の要旨

<1審判決>

YあるいはFチームの従業員のミスもあり受注が減ったという経緯はありますが、Yにおいて故意又は重過失があったとは認められないこと、売上減少やノルマ未達などはある程度予想できるところであるから、本来的に使用者が負担すべきリスクであるとされました。そして、労働者個人に負担させるのは相当ではないとして、X社からの損害賠償請求は退けられました。

<2審判決>

X社は、Yが管理監督者たる地位にあり、かつX社の株主でもあるから、一般的な労働者と解すべきではなく、通常の債務不履行の要件に合致するかどうかで判断すべき旨を主張しました。

しかし、Yは管理監督者であるとは認められないこと、またX社の株主であることもYの労働者性を否定できる事実とは言えないとされました。また、Yが工数見積もりを作業着手前に行うというルールに違反したという点については、仮に違反があったとしても、その違反を行いX社に損害を与えることにつき、Yに故意又は重過失があったとは認められないとされました。

 

 

次回は、判決の解説についてまとめます。

 

 

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