最近読んだ本  - 井上靖 「天平の甍」 -

 

今回読んだ小説は、井上靖さんの「天平の甍」です。 私が学生の頃に映画化され、当時、国語の先生が見るように勧めてましたが、真面目な優等生などではなかったのでもちろん見ませんでした。歳をとった今頃になって、このままでは後悔すると思い読んだ次第です。人間、変われば変わるものですね。

天平の甍 (新潮文庫)/井上 靖
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「天平の甍」は唐の名僧鑑真の来朝という奈良時代の事蹟をもとに、この困難な使命に挑んだ無名の僧たちの運命を描いた小説です。物語の主な日本僧としては、第九次遣唐使に留学僧として選ばれた普照、栄叡、戒融、玄朗と、先に単独で入唐していた業行が登場し、鑑真来朝に尽力するもの、出奔して広大な唐土を托鉢して回るもの、唐人を妻として結婚しその地にとどまるもの...などなど、それぞれの生き様が淡々と書かれています。

一つ前の第八次遣唐使には阿倍仲麻呂など高名な人物が参加していましたが、彼ら5人の留学僧は後の日本史の表には出てきません。ややもすると後世に名を残した英雄のみが取り立たされますが、その後ろに隠れたところにも人がいて、情熱があり、人生がある、これもまた紛れもない歴史の事実です。留学僧たちは渡海の途中で海の底に沈んでしまうかも知れないし、運良くたどり着き、唐の仏教や教養を修得しても、もう一度海を渡って無事に帰朝できなければ、全てはまさに海の藻屑と消えてしまいます。日本の国としても優秀な人材を失うことになりますが、このような危険を冒してでも唐の優れた文化を日本に伝え、立派な国を作りたいという奈良時代の人々の強い意志が読み取れます。これは同じ日本人として誇りと考えてよいことであり、また現代の私たちは学ぶべきものがたくさんあるのではないでしょうか。

 

この小説の題名がなぜ「天平の甍」というのかですが、物語の終盤、鑑真とともに帰国でき一人役割を果たした普照のもとに送り主の分からない一個の甍が唐から送られて来ます。普照はその甍を差し出し、唐招提寺の金堂の屋根の鴟尾(しび)として使われることになります。甍の話が出てくるのはこの一カ所のみです。鑑真ゆかりの寺を、幾星霜を超えて風雨から守り現代まで伝えてきたのは目立つことのない屋根の1枚1枚の瓦であって、普照ら無名の僧たちの姿そのものなのかも知れません。

 

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