ワールドカッブの日の記憶で最も古いのは日韓ワールドカッブだ。精神保健指定医の更新講習で東京に家族で来ていた。ニューオオタニの近くが会場だった。朝一人、ニューオオタニから会場へ歩いていると、街路樹にカラスが巣を付くっていて、私の頭の上を飛び交いながら、カーカー、ギャーギャーと威嚇してきて恐かった。米津玄師の『烏』が流れる度にその時のことを思い出す。

講習の日にも試合があり、家族が羽田空港で乗客達とテレビで応援して盛り上がっていた時、私は講習会場で早く終わらないかとじれったく思っていた。司会の精神科医が、「今日はサッカーの試合がやっていますので早めに切り上げましょう」と言って拍手喝采だったが、続けて「ではコーヒーブレイクにします」と言い、拍手がブーイングに変わったことを憶えている。私が急ぎ羽田に駆けつけ家族と合流した時、試合は終了していた。


8年前は都内の小さな医院に入院していた。その2年前に大腸がんステージⅣで手術したが、自宅でワールドカッブを見ながら飲み過ぎて前立腺肥大による尿閉を起こしたのだ。

朝、若い男性看護師に試合結果を聞き、二人でハイタッチをした。


4年前、スペイン戦は見ないと決めていたが開始時間になると目が覚め、結局妻を起こして二人でみた。この頃は妻の認知症もさほど進行していなかったんだなと今となっては思う。

「三笘の1ミリとVAR」と題して note に投稿したら私の個人史上最多のいいね!がついた。


今年は、事前の選手選考についての X での指摘を読んでいたせいか、あの選手のスーパーゴールにも素直に喜べなかったし、トランプの傲岸不遜が大会を台無しにした。