お久しぶりです。

いろいろバタバタしたまま遠ざかってました。


日々、思うこと、あそんでるこどもの声が街中から聞こえなくなってきたということ。
最近こどもも連れて借りている事務所に行くと、そこで、にわかこども会が出来ていろんな遊びが始まる。最初はおもちゃがない、と言ってた子たちが自らいろいろな工作によりおもちゃ?みたいなものを作り出し、新しい遊びを考案し、すっごい勢いで仲良くなり、すっごく生き生きとして、キラキラの目であそんでいるのを見てると、こっちまで元気をもらえる。ワクワクしてる子たちを見ると、そんなポジティブなエネルギーがいつの間にか自分にもいいパワーをもたらせてくれるのを感じる。
(まぁ、遊びきった後に残された散らかり様を見て怒るのはさておきガーン)

だから、町を生き生きとさせるには、こどもの存在は必要不可欠だなぁと日々感じます。彼らの立ち止まらない好奇心は彼らのまわりも巻き込んで、ワクワクの世界に向かって行く気がする。

家庭内でもそうだ。腹立つことより、笑わせてもらってることのほうが多い。そこで救われることがどんなに多いか。

わたしは、元気に、想像力を本能的に駆使して遊んでるこどもたちがいっぱいになるような町に自分の町が近づいていくといいな、と願います。

ひとりの母親として、そんな町づくりを目標として、母親だからこそできることをやっていきたいな、と思います。
ママが頑張ると世の中かわるぞー。やっぱりママパワーはすごいからニコニコ

なんてことを感じながら、明日も大騒ぎするであろうこどもたちに対処するべくもう休もうかな…
こないだの土曜日は保育園の春の行事、親子遠足。
そして今週の土曜日は小学校の行事、運動会。
今現在、自分自身の忙しさも手伝い、言ってみれば週休0な感じのここ数ヶ月。まあ、小さいこどものいる家は結局、週休0みたいなもんですが。

こどもが出来てわかることってたくさんある。こどもがいなかったら気付かないであろうこともたくさんある。前に読んだ大好きな山田詠美さんのエッセイに
「こどもがいない人にこどもの気持ちなんて、わからない、と言われるけど、逆に分かるんだなぁ。だってこどもの立場しか経験してないから、こどもの気持ちは分かるもんだ」みたいなことが書いてあり、えらく納得したことがまある。確かにそうだ。経験したことがないことは分かりにくい。今のわたしは親の立場でいることの方が、こどもの立場でいることより多いので、そちらの気持ちの方が多く心に浮かんでくる。
でもおかげで、わかったことはたくさんある。
わたしがこどもだった頃の親の気持ち。どんなに自分が愛されて育ってこれたかということ。自分がこどもを愛おしいと思う度に気付かされることだなぁ。

こどもがいて、出来なくなったこともいくつかあるけど、明らかに世界が広がったという実感の方が強いので、こどもたちの誕生に本当に感謝です。

今週土曜日の運動会。
まだまだ、自分の姿を親にみておいてほしい年齢の我が子。娘さん、しっかりと見に行くので、また今年も笑いと涙をよろしくです。

「今日は何時には寝れそう?」と娘に聞かれ「うーん、多分12時半くらいかな?早かったら」と

答えたところ、「ふーん、じゃぁ、12時半には寝るように!と手紙に書いてテーブルの上に置いとくね」

と言われてしまった。きっと、朝起きてから「何時に寝た?」と確認があるんだろうな。

母が疲れすぎないようにと、心配してくれてわたしの就寝時間まで確認してくれる、わが娘。ありがとうね。

朝から、怒られるのも大変なので、頑張って12時半に寝ます。


きっと、親はいつまでたっても、子どものことを心配する。それは親だから。

でも子どもは大きくなるにつれて、親のことを心配するようになる。その比率は家庭によって違ってくるのだろうけど。

忙しそうにしている母をみて、彼女なりに心配してくれている。

愛されていることを嬉しく思う。


明日の朝、涼しげに「指示に従いました」と言えるように、一日の終了準備にかかるとするか。