逃げ場のない決断 | 我楽苦多通信

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なんやかんやつらつらと。

最近、同性愛者(女性同士)さんのブログをよく読んでいる。馴れ初めを読んでいると、とてもドラマティックだ。

その決断力と愛の深さつうか、強さに感動することしきりなのだ。


で、タイトルになるるのだが、わしは逃げ場のない決断の出来ない人間なのだ。

ずるい人なのである。

だから、もし同じような状況に陥ると、ぜったい愛を取ってつき進むってことは出来ない。

結婚してなくてもそうだと思う。

もし、出来るとすれば、両親が死んじゃってからじゃないかな。もしくは、それが当たり前な世界にでもなったら、ってとこだろう。


いや、そうなってもたぶん自分では決断できない。誰か異を唱えそうな人がいたとき、その人をねじ伏せる自信がないから。

まぁ、それ以前にそこまで人は愛せないと思う。あくまでワシの場合ね。

憧れはするものの、たぶん出来ない。

Pはもちろん好きだけど、どちらかというと家族愛に近い。

もしかしたら、別の誰かでもよかったかも知れないと思うときがあって、それはとっても失礼な話ではあるが、向こうもそう思ってんじゃないかと思ったりして。

わしが死んだら、すぐに新しい嫁を貰うと、常々言っているし。

そういわれて別に悲しいとも思わないし。そうなるとそこに愛はないのかなと思ってしまったりするわけで。

歳の順からいくと、たぶんPのほうが先にお迎えが来るわけで、そのとき泣けるのかと今から心配したりしている、悪い妻である。



まぁ、どうでもいい話なんだけど、浮気するなら、女にしとく。

男はP以外知りたいと思わないし。


ちなみに、これもどうでもいい話なんだけど、どうしてタチの人は服を脱いだり触られたりするのが嫌な人が多いのだろう。

肌と肌を触れ合わせるほうが、暖かいし気持ちいいと思うんだけど。