ベルカ、吠えないのか?
1943、日米の軍用犬の"邂逅"にはじまるイヌたちの一大クロニクル。
古川日出男『ベルカ、吠えないのか?』(2005)
商人やマフィア、KGB…。
いろんな人間の手に渡り、
生殖をくり返すことによって
イデオロギーで分断されたはずの20世紀の世界に
散らばっていく軍用犬の子孫たち。
そのリフレインは、しだいに頭を混乱させてくるけれど
けっして飽きるような凡庸な物語じゃなく、むしろその逆。
キレる発想力/妄想力に支えられた、筆圧のこもった語り。
犬たちは敵としてインプットされた
人間の喉ぶえに突っ込み、殺戮を繰り返す。
ただそのためだけに必死で吠える。
あとは服従と、繁殖の本能があるのみ。
その彼らが、
例えばフルシチョフと毛沢東の"個人的な関係"に
世界が翻弄されるような「人類史」の遥か上空で
「イヌ史」を悠然と駆けてくってのがかなり面白い!
ひさびさに本にブチのめされました。
ヤン・シュヴァンクマイエル『アリス』
Jan Svankmajer『Alice』(1987,スイス-西独-英)ドアを開こうとすると、きまってノブがとれる。
無理矢理こじ開けると、次の
"箱庭"としてのフシギの国が現れる。
その反復記号にしたがって
幻想と妄想はどんどん肥大化し、
連続していく"フシギの国"。
クッキーをかじると全てがあべこべになる。
遠近法さえ溶けはじめて
アリスは人形になり、ミニチュアたちが動き出す。
床からは靴下のイモムシが突起として生えてくる。
シュールで、悪趣味で
ときにエロティクでさえある世界観。
CGには到底ムリな生々しさをもった
実写とアニメーションの組み合せがスバラシっす。
原作(ルイス・キャロル)のサイケ!!なアリス像は、
ディズニーよりも数倍生かされてる気がする。
"しぐさ"がとても好き。
night train home
地元へは、フツウなら小1時間で着くのです。。
「旅情を感じないか。」
そのささやきにさそわれて、西行きの夜行列車に乗った。
日付変更線をなぞるように、真っ暗闇の海の上を走る夢。
すべてがゼロにリセットされ、再び数値を刻みはじめる。
頭の中でも、かすかに違う音が鳴りはじめる。
明け方汽車を乗りかえて、今度は東へ向かう。
隣の席でパンを分け合ったホーボーみたいなおじさんは
またボクと同じ客車にいて、真っ赤な傘をさしていた。
太陽が戻ってくる方角に進むので
朝焼けは、まばたきをした瞬間にやってきて、
次に目を閉じたときにはもうそこにはいない。
サーモンピンクのモーニング・グローリー。。
(→本文には関係ありません。が、いい本です)
「旅情を感じないか。」そのささやきにさそわれて、西行きの夜行列車に乗った。
日付変更線をなぞるように、真っ暗闇の海の上を走る夢。
すべてがゼロにリセットされ、再び数値を刻みはじめる。
頭の中でも、かすかに違う音が鳴りはじめる。
明け方汽車を乗りかえて、今度は東へ向かう。
隣の席でパンを分け合ったホーボーみたいなおじさんは
またボクと同じ客車にいて、真っ赤な傘をさしていた。
太陽が戻ってくる方角に進むので
朝焼けは、まばたきをした瞬間にやってきて、
次に目を閉じたときにはもうそこにはいない。
サーモンピンクのモーニング・グローリー。。
(→本文には関係ありません。が、いい本です)
Benni Hemm Hemm/Benni Hemm Hemm
Benni Hemm Hemm/Benni Hemm Hemm(2006)召還獣のなまえ、みたいだけど
アートワークと同様、爽やかで楽しげ。
でもそんな一辺倒な表現に収まりきらぬくらい
ふっくらとしたマーチング・ソング。
お空の雲にベーキングパウダ注いで
かき混ぜたらって実験。
録音はシガーロスのスタジオにて。
写真でみたことあるんだけど、
あのスタジオもアンティークな飾りとか
絨毯とか敷かれててかわゆいのだよな。
■公式HP
kitchen hayashi
ひさしぶりにクマさんと会って、将来のはなしをした。
行動しなきゃ。
もうとっくにそうゆう時期にさしかかってるのだから…。
自分以外の誰かと話をして、
コーヒーカップに残った茶色い粉が、少しだけはっきり映って
自分のものになった気がした。
「小説や音楽を読むことや聴くことを通して、
人生の分かれ目の難しい所を乗り越えるための勇気を与えられていた」 大江健三郎
何かに悩むたび、自分はいつもこんな言葉を思い起こすのです。
(音楽も本も、本当そうゆうものだと思う)
きれいな店内、グラスビールにかきフライ
ケーキもついて、あの値段とお味は驚き☆
Kitchen Hayashi
行動しなきゃ。
もうとっくにそうゆう時期にさしかかってるのだから…。
自分以外の誰かと話をして、
コーヒーカップに残った茶色い粉が、少しだけはっきり映って
自分のものになった気がした。
「小説や音楽を読むことや聴くことを通して、
人生の分かれ目の難しい所を乗り越えるための勇気を与えられていた」 大江健三郎
何かに悩むたび、自分はいつもこんな言葉を思い起こすのです。
(音楽も本も、本当そうゆうものだと思う)
きれいな店内、グラスビールにかきフライ
ケーキもついて、あの値段とお味は驚き☆
Kitchen Hayashi
椹木野衣『シミュレーショニズム』
「とにかく盗め!」って見出しは衝撃的だったな。「世界はそれを手当たり次第にサンプリングし、ずたずたにカットアップし、
飽くことなくリミックスするために転がっている素材のようなものだ」
椹木野衣『シミュレーショニズム—ハウス・ミュージックと盗用芸術』(1991)
サンプリング、カットアップ、リミックス…。
テクノの専売特許だったターム/概念を
あざやかに美術評論に転用してみせた本。
(村上隆とも似て、かなり戦略的だけど。)
「中国行きの~」だって、春樹さんの
「On A Slow Boat to China」への愛着(情)の表れだし、
ロリンズの名演もFrank Loesserの…
つまり、そうゆうこと。
中国行きのスロウ・ボートRMX
ビートに乗っかり、びゅんびゅん語ってく暴走文体。でも肝心の中身は、饒舌な文体に吸いとられたように
緊迫感もないし、実は大したコトない(?)
古川日出男『二〇〇二年のスロウ・ボート』
(原題:『中国行きのスロウ・ボートRMX』)
過去を述懐するんじゃなく、現在よりも現在形で
時代を語るっていう
まるで"未来を追憶する"ような時間感覚はけっこう好き。
サンプリング元無視でどんどん逸脱してく
ひとつひとつの思考も魅力的なんだけれど、
「僕」が「トウキョウ」を脱出しなくちゃならない
切迫した状況は見当たらない。
小説で、"ビートルズやストーンズのように"
己のルーツをカヴァーするということ。
それが根本的に面白いかクソか、は別として
「僕は小説だけを"勉強"して、この道を志した作家ではない。
当たり前のように、僕はずっとポップ・カルチャーを呼吸してきた。」
って感覚はたしかにリアル。
V.A./NO NEW YORK
イーノ・プロデュースの、伝説的コンピ。V.A./NO NEW YORK(1978)
DNAがカッコいいってのは
知ってたけど、ほかにも
James Chanceのサックスは
いいかげんに跳ねまくってるし、
Lydia Lunchはドドイツの節みたいに
調子っぱずれに、でも色っぽく歌う。
彼らの出自は、そのほとんどが
楽器もったことすらないNo Musician。
ラモーンズとかもそうだったけど、
前提にはロックの概念(コード、メロディ…)があった。
そうしたモノにまでNO!!って叫んじゃう。
ただただ破壊的な音塊が、今聴いても斬新。
THE 有頂天ホテル
ひとりが鑑賞券もらって、行ってきました。『THE 有頂天ホテル』(三谷幸喜監督)
カッティング感あふれる"有頂天"な展開。
散らばった変キャラたちがラストに向けて
だんだん一本にまとまってく感じもさすが。
秒単位で正確に時間を刻むカンペキな脚本。
三谷さん、やっぱ天才。
でも…なんか足りないのです。
Rいわく「明朝体みたい(お手本みたい)」
たしかにそんな感じ。
この映画の旨味は、"笑い"そのものより
"プロット"と1シーン1ショット?
中でもベテラン陣の演技はズバ抜けてて。
「ミンボーの女」 彷彿とさせる伊東四朗とか、
「ゲロッパ!」 な西田敏行とか…
オマージュに満ちた映画でもある。
あのシカの帽子ほしいな(笑)
単騎、千里を走る。
デジカメとかケータイ使いこなす姿は珍しいけど、全身黒でハンチングの健さん、カッコよい。
『単騎、千里を走る。』(チャン・イーモウ監督)
中国と日本、ふたつの父と子の物語。
ミニマルな映画だけど、欠けてるものは何ひとつない。
高田(高倉健)は口を閉ざし、孤独で不器用な男。
同じ境遇なのに、人目を憚らず息子に逢いたいと大泣きするジャーミン。
人間って、不器用で弱い。だから
わかり合えること、裏切られないことの方が少ない。
でも仮面で素顔を覆わずに、恐れず逃げず、
信じて、想うこと。
言葉にすると恥ずかしいけれど、大切なこと。
雲南省奥地の山村風景がいい。
村道いっぱいにズラッとごちそう並べて
よそ者の高田を歓迎するシーンとか。
地方を描くのに、その土地の素人を起用する
って方法論はここでも成功してる。
あと"使えない"通訳と高田のやりとりが、コミカルです。