【前回より続く】

――私、地元が宮崎なんですけど、宮崎のテレビ局の10周年記念ソングを作ろうという企画にたまたま受かって18歳でCDを出したんです。
オーディションに応募したきっかけは、通っていたダンススクールの推薦です。
SPEEDさんに憧れてスクールに入ったんです。
ボイストレーニングも受けていたので、こういうオーディションがあるんだけど受けてみたらっていう感じで。
とても謙虚に丁寧にそう話してくれた。その後、上京してメジャーデビューしたのが20歳。
最近では、活動の範囲をタイまで広げ、タイの雑誌で表紙を飾るなど人気を博している。
sherryとしてステージに上がれば、普段の黒木さんからは想像もできないほどパワフルで繊細なダン
スをみせてくれる。
黒木さんがダンスを始めたのは、なんと3歳のとき。母親がダンススクールの先生だった。
それを生まれたときからみていた黒木さんは自分からダンスをやりたいと言って始めたそうだ。
バレエから学び始め、ジャズやヒップホップなど様々なジャンルを網羅し、
今は主にガールズヒップホップと形容されるダンスを披露する。
さらには、10歳からボイストレーニングも始め、着々と夢に向かって歩んだ。
しかし、そんな黒木さんは保育士という仕事にも憧れ、一時期どちらになるのか悩んだという。
『今しかできないことをしよう!』
そんな黒木さんに今後の夢、目標、Bisionを聞いてみた。
———30歳までに今のグループでワンマンライブがしたいっていう目標があって。
これは絶対にしたい。
あとはできればアルバムやDVDも出したいんです。
っていう目標もあるんですけど、
一方では母親と一緒にダンスを教えたいなあとも思うんです。
と話してくれた黒木さん。
やはりアーティストにとってワンマンライブというのは一つの大きな到達点。
3歳から始め、24年間やってきたダンスで、広い舞台で自分たちだけのショーをつくる。
ぜひ叶えてほしい目標だ。
今ではダンスを周りに教えるのが楽しいという黒木さんは、
少し前までは自分が他人にダンスを教えるということに抵抗があったそうだ。
常に自分は表現者でありたい、
自分がこれまでの人生で培ってきたスキル、ノウハウ、能力をなぜ他人に伝授しなければならないのか。
最初はこう思っていたそうだ。
しかしダンス講師になって少しすると、その抵抗感は払拭された。
生徒の出来なかったことが出来るようになる過程をみるのが楽しいと感じるようになったそうだ。
実はその生徒というのが私たちのことだったりもする。(笑)

【次回完結】

――私、地元が宮崎なんですけど、宮崎のテレビ局の10周年記念ソングを作ろうという企画にたまたま受かって18歳でCDを出したんです。
オーディションに応募したきっかけは、通っていたダンススクールの推薦です。
SPEEDさんに憧れてスクールに入ったんです。
ボイストレーニングも受けていたので、こういうオーディションがあるんだけど受けてみたらっていう感じで。
とても謙虚に丁寧にそう話してくれた。その後、上京してメジャーデビューしたのが20歳。
最近では、活動の範囲をタイまで広げ、タイの雑誌で表紙を飾るなど人気を博している。
sherryとしてステージに上がれば、普段の黒木さんからは想像もできないほどパワフルで繊細なダン
スをみせてくれる。
黒木さんがダンスを始めたのは、なんと3歳のとき。母親がダンススクールの先生だった。
それを生まれたときからみていた黒木さんは自分からダンスをやりたいと言って始めたそうだ。
バレエから学び始め、ジャズやヒップホップなど様々なジャンルを網羅し、
今は主にガールズヒップホップと形容されるダンスを披露する。
さらには、10歳からボイストレーニングも始め、着々と夢に向かって歩んだ。
しかし、そんな黒木さんは保育士という仕事にも憧れ、一時期どちらになるのか悩んだという。
『今しかできないことをしよう!』
そんな黒木さんに今後の夢、目標、Bisionを聞いてみた。
———30歳までに今のグループでワンマンライブがしたいっていう目標があって。
これは絶対にしたい。
あとはできればアルバムやDVDも出したいんです。
っていう目標もあるんですけど、
一方では母親と一緒にダンスを教えたいなあとも思うんです。
と話してくれた黒木さん。
やはりアーティストにとってワンマンライブというのは一つの大きな到達点。
3歳から始め、24年間やってきたダンスで、広い舞台で自分たちだけのショーをつくる。
ぜひ叶えてほしい目標だ。
今ではダンスを周りに教えるのが楽しいという黒木さんは、
少し前までは自分が他人にダンスを教えるということに抵抗があったそうだ。
常に自分は表現者でありたい、
自分がこれまでの人生で培ってきたスキル、ノウハウ、能力をなぜ他人に伝授しなければならないのか。
最初はこう思っていたそうだ。
しかしダンス講師になって少しすると、その抵抗感は払拭された。
生徒の出来なかったことが出来るようになる過程をみるのが楽しいと感じるようになったそうだ。
実はその生徒というのが私たちのことだったりもする。(笑)

【次回完結】


