昨日、ピーウィー・マディソンが2年くらい前に亡くなっていたことを教えられて、今日は朝からYouTubeで彼の若き勇士を何度も見ていました。

ピーウィーはマディー・ウォーターズのギタリストとして60~70年代にかけて活躍していたのでけっこう映像は残っています。下の映像でソロを弾いているサウスポー・ギタリストがピーウィーです。





92年にシンガーのフレッド・ジョンソンと知り合って、彼の店”セレブリティー・ラウンジ”で毎週土曜に一緒にギグをやるようになった。フレッドのバンドでギターを弾いていたのがピーウィーだったんですね。サウスサイドの黒人街で定期的にプレーするようになったのはこの店が初めてだったので、フレッドとピーウィーは、シカゴ・ブルース・シーンのディープな部分を小生に教えてくれた最初のミュージシャン達でした。

下の写真は93年に、まだカメラを始めたばかりの小田ちゃんが撮ってくれた1枚。左からマイクを持っているのがフレッドで、70年代後半から90年代にかけてシカゴで一番の売れっ子だったレイ”キラー”アリソンがドラム、そしてエイシズのデイブ・マイヤーズがベースという豪華なリズムセクションに、弱冠26歳くらいの小生がギター(この頃はレスポールを弾いていたんだよなあ)。ピーウィーが写っていないのがちょっと残念ですが、トイレにでも行っていたのかもしれない笑。演奏中でもプレーを辞めてトイレに行っちゃうようなゆるいノリがまたなんともサウスな感じでした。

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ピィーウィーは、すっごく甘い安ワインの小瓶をポケットに忍ばせて、チビチビやりながらいすに座って弾いていましたね。でも、ノってくるとBBキングみたいなフレーズがガンガン出てきて、オオっと唸らせてくれた。あの世代にしかない音ってのが確実にありました。

この10年近くは活動をほとんどしていなかったようで、ピーウィーの名前を聞く事も無く、時々どうしているのだろうと思っていました。

あちらの世界で、今頃は、上の映像のマディーや先日亡くなったピアノのパイントップ・パーキンス、ハープのキャリー・ベル達とジャムりまくっているかもですね。いつかは小生も加わってジャムに参加させてもらいたいですね。

R.I.P ピーウィーの残したレガシーとサウンドは永遠に!Thank you, Pee Wee


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たかさん:ブルースはその瞬間のものを捉える音楽ですから、決められた枠の中でも自由なスペースってのがけっこうあって、その中でグレイト達は遊ぶ事ができるんですよね。そんな遊びを身につけたいですねえ。
コーヤン:いいですねえ。大リーグゴールデンボール1号楽しみにしていますよ笑!