国際理解教育の研究について雑記
主に学校教育においてですが、国際理解教育を実践する際に、
多くの現場の方々から出てくる課題は、児童・生徒がその取り扱う内容について「無関心」だということだそうです。
これは別に国際理解教育だけの課題ではないかもしれませんが、いくら理念や内容、
方法論に至るまでしっかり検討をしても学校で児童・生徒が全然ついてこないという現実では悲しいですね。
「無関心」である現実から、「国際理解」へ到達するまでのプロセスって何だろうって、最近よく考えたりします。
でも、そもそも「無関心」ってどんな状態なんでしょうか?
「国際理解」って何だか遠い存在。
「国際理解」って必要なの?点数にはならないし、受験ともあまり関係がない。
英語得意じゃないし。国際交流の機会もないし…。
「国際」を知らなくても、生きていけられるし。
僕が色々な場で子どもたちと話す中で想像するには、
そんな一種の偏見があるのではないかと思います。
いやいや、「国際理解」はみんなが思う以上に深い関わりがあって、
私たちが住む生活の中にも課題があって、取り組むべきことってたくさんあるんだ。
それに、「国際理解」って身近で面白いんだ!英語だけが「国際」ではないんだ!
ということに気付かせる機会って必要なのかなと思ったりします。
そこで、日本にいる在住外国人と国際理解教育を結ぶことはできないだろうかと考えています。
特にインドシナ難民の理解、すなわち彼らのライフヒストリーやスタイル、
関連する団体などのリソースを活かして、
国際理解教育としてどう内容や方法を構築できるかが研究課題になります。
個人的に、インドシナ難民との関わりや付き合いがあって、
とても身近だということもありますし、親近感があるので、そこからわかちあいの教育ができればいいな
と漠然と思い描いているのですが、まだまだ全然具体的な構想がないので、しばらく研究をしたいなと。
そろそろ研究計画書を書かなくちゃ!
多くの現場の方々から出てくる課題は、児童・生徒がその取り扱う内容について「無関心」だということだそうです。
これは別に国際理解教育だけの課題ではないかもしれませんが、いくら理念や内容、
方法論に至るまでしっかり検討をしても学校で児童・生徒が全然ついてこないという現実では悲しいですね。
「無関心」である現実から、「国際理解」へ到達するまでのプロセスって何だろうって、最近よく考えたりします。
でも、そもそも「無関心」ってどんな状態なんでしょうか?
「国際理解」って何だか遠い存在。
「国際理解」って必要なの?点数にはならないし、受験ともあまり関係がない。
英語得意じゃないし。国際交流の機会もないし…。
「国際」を知らなくても、生きていけられるし。
僕が色々な場で子どもたちと話す中で想像するには、
そんな一種の偏見があるのではないかと思います。
いやいや、「国際理解」はみんなが思う以上に深い関わりがあって、
私たちが住む生活の中にも課題があって、取り組むべきことってたくさんあるんだ。
それに、「国際理解」って身近で面白いんだ!英語だけが「国際」ではないんだ!
ということに気付かせる機会って必要なのかなと思ったりします。
そこで、日本にいる在住外国人と国際理解教育を結ぶことはできないだろうかと考えています。
特にインドシナ難民の理解、すなわち彼らのライフヒストリーやスタイル、
関連する団体などのリソースを活かして、
国際理解教育としてどう内容や方法を構築できるかが研究課題になります。
個人的に、インドシナ難民との関わりや付き合いがあって、
とても身近だということもありますし、親近感があるので、そこからわかちあいの教育ができればいいな
と漠然と思い描いているのですが、まだまだ全然具体的な構想がないので、しばらく研究をしたいなと。
そろそろ研究計画書を書かなくちゃ!
無性に旅がしたい
今いろんなことで頭の中が混み合っています。
いつもそれらを整理しようと自然に頭が動いているのですが、どうも収拾がつかないようだ。
そんな自分に自信がない。
そんなときの解決策は、いつも旅だと思っている。
自分と違うもの、それはつまり、出会ったことがない人、社会、文化、自然・・・に触れたい。
自分の経験にないものに出会うことって何だか好きだし、
無意識な反応が溢れてくることで、自分の中が自然に整理されるような、成長するような。
そんな経験の後って、なんだか自信が芽生えることがあるんです。
その感覚を手に入れたい。
そのために、とりあえず母語が使えない地域に出てみて、少しの間、自分で生活をつくってみたいなと。
秋に研究室メンバーで中国・上海に行く予定ですが、
春休みは、インドシナ半島横断の一人旅に出たいなと考えてます。
最近、趣味でベトナムやカンボジアに関する本をよく読んでいますが、
やっぱり実際の現地に自分の身を置いてみたいですね。
旅に出て、もう一度自分を捉えなおしてみたい。
いつもそれらを整理しようと自然に頭が動いているのですが、どうも収拾がつかないようだ。
そんな自分に自信がない。
そんなときの解決策は、いつも旅だと思っている。
自分と違うもの、それはつまり、出会ったことがない人、社会、文化、自然・・・に触れたい。
自分の経験にないものに出会うことって何だか好きだし、
無意識な反応が溢れてくることで、自分の中が自然に整理されるような、成長するような。
そんな経験の後って、なんだか自信が芽生えることがあるんです。
その感覚を手に入れたい。
そのために、とりあえず母語が使えない地域に出てみて、少しの間、自分で生活をつくってみたいなと。
秋に研究室メンバーで中国・上海に行く予定ですが、
春休みは、インドシナ半島横断の一人旅に出たいなと考えてます。
最近、趣味でベトナムやカンボジアに関する本をよく読んでいますが、
やっぱり実際の現地に自分の身を置いてみたいですね。
旅に出て、もう一度自分を捉えなおしてみたい。
リフレッシュ休暇―葉山で素潜り―
4月から大学院生的な新生活(!)がスタートして、はや3ヶ月が経過しました。研究も徐々に本格化しつつ、2つのバイトも軌道に乗り、この新生活が定着してきたなと思っています。しかし、この定着の反面、曜日ごとの勉強や仕事のサイクルが固定化されてきて、横須賀と東京を往復する生活に早くもマンネリ化を感じているのも事実です。研究は色々学べるので楽しいのですが、慣れているとはいえ、特に往復3時間電車に乗ることになんだか息苦しさを感じるようになったのです。
僕がお世話になっている先生の教育論の中に、「1割の妙」という言葉があります。学校の中に1割のスキマ・アソビを開けておくことで、子どもが勉強や生活をする上で、風通しのよい環境をつくることができるというものです。例えば、不登校になった子どもが学校へいこうとする時に、「保健室登校」っていうものがありますよね。教室へは行けないけど、学校の中で拠り所となる場所をつくるというのもそうなのかもしれません。「1割の妙」はオルタナティブ教育を語る上での視点なのですが、学校のみならず僕らの生活の中でも、かなり重要な視点を示してくれていると思うのです。
話を戻すと、どうもマンネリ化した生活が続くなぁと思う時、やっぱりのその中に「スキマ」「アソビ」は持たせないといけないなと感じるのです。そこで、7月5日(日)は丸々一日休みということになったので、思いっきりリフレッシュしようと思ったのです!条件は、とにかく地元でアソブ!ということ。ってなわけで、小・中学校時代の友人に声をかけ、葉山の海で素潜りに行ってきました!!
素潜りをするのは、高校生以来です。以前は三浦半島の先端・剣崎とかでやりましたが、今回は初の葉山での潜り。海に入った初っ端、一人の友人の足にタコが絡みつき、いきなり結構大きめのタコを捕獲するという珍事が起こりました!食べたらおいしそうだなと思いつつも、逃がしてあげました。さっそく、深場の磯へ行って潜ることに、さっそくウニが大量にいましたね。磯の足場で、何度か足の裏にウニのトゲが刺さったりしましたね(笑) まだ若干足の裏が傷みますが、毒をもつガンガゼではなくてよかったです。海の中をよく眺めていると、サザエやアワビもいましたが、これらは捕獲してはいけないので、そのままスルー…。やっぱり、ダイビングのスポットでもあるので、海の中はキレイでしたね!黒鯛、メジナ、フグ、タナゴをはじめ、熱帯魚みたいな色の魚もゆっくりと眺めることができて、かなりの癒しになりました!潜りで一緒に泳いでいるので、魚も逃げないですし。ダイビングのライセンスとか持ってないですが、新ためて素潜りでも色々楽しめるじゃんと気付きがありました。また、地元の仲間と一緒に時間を過ごすことができたのも、本当に良かったです。小・中学校の時の友だちなので、童心に戻りますしね!大学の仲間やボランティアの仲間とは違った連帯感があります。普段あまり会えない友だちなので、このつながりに浸るということもなんだかリフレッシュになりますね♪
自宅からちょっと足を伸ばせば、三浦半島の自然を十分味わうことができるし、小中の時間と趣味を共有する友だちとこうして遊ぶことも大切だなと感じます。こんな感じでリフレッシュを堪能できる時間を確保していきたいですね。1割は確実に!
僕がお世話になっている先生の教育論の中に、「1割の妙」という言葉があります。学校の中に1割のスキマ・アソビを開けておくことで、子どもが勉強や生活をする上で、風通しのよい環境をつくることができるというものです。例えば、不登校になった子どもが学校へいこうとする時に、「保健室登校」っていうものがありますよね。教室へは行けないけど、学校の中で拠り所となる場所をつくるというのもそうなのかもしれません。「1割の妙」はオルタナティブ教育を語る上での視点なのですが、学校のみならず僕らの生活の中でも、かなり重要な視点を示してくれていると思うのです。
話を戻すと、どうもマンネリ化した生活が続くなぁと思う時、やっぱりのその中に「スキマ」「アソビ」は持たせないといけないなと感じるのです。そこで、7月5日(日)は丸々一日休みということになったので、思いっきりリフレッシュしようと思ったのです!条件は、とにかく地元でアソブ!ということ。ってなわけで、小・中学校時代の友人に声をかけ、葉山の海で素潜りに行ってきました!!
素潜りをするのは、高校生以来です。以前は三浦半島の先端・剣崎とかでやりましたが、今回は初の葉山での潜り。海に入った初っ端、一人の友人の足にタコが絡みつき、いきなり結構大きめのタコを捕獲するという珍事が起こりました!食べたらおいしそうだなと思いつつも、逃がしてあげました。さっそく、深場の磯へ行って潜ることに、さっそくウニが大量にいましたね。磯の足場で、何度か足の裏にウニのトゲが刺さったりしましたね(笑) まだ若干足の裏が傷みますが、毒をもつガンガゼではなくてよかったです。海の中をよく眺めていると、サザエやアワビもいましたが、これらは捕獲してはいけないので、そのままスルー…。やっぱり、ダイビングのスポットでもあるので、海の中はキレイでしたね!黒鯛、メジナ、フグ、タナゴをはじめ、熱帯魚みたいな色の魚もゆっくりと眺めることができて、かなりの癒しになりました!潜りで一緒に泳いでいるので、魚も逃げないですし。ダイビングのライセンスとか持ってないですが、新ためて素潜りでも色々楽しめるじゃんと気付きがありました。また、地元の仲間と一緒に時間を過ごすことができたのも、本当に良かったです。小・中学校の時の友だちなので、童心に戻りますしね!大学の仲間やボランティアの仲間とは違った連帯感があります。普段あまり会えない友だちなので、このつながりに浸るということもなんだかリフレッシュになりますね♪
自宅からちょっと足を伸ばせば、三浦半島の自然を十分味わうことができるし、小中の時間と趣味を共有する友だちとこうして遊ぶことも大切だなと感じます。こんな感じでリフレッシュを堪能できる時間を確保していきたいですね。1割は確実に!