男女の細やかな関係を情感豊かに表現する自称“無頼”作家。


その人が「藤沢周平が面白い」ということを言っている。


???


作風は正反対だと思うけれど、その昔、フランスにいるとき、日本料理店でたまたま藤沢周平の本を読んだのがきっかけだとか。


その本とは「用心棒日月抄」。


読み進むうちに、ぐいぐい引きこまれ、翌日、またその料理店に行く。


「きのうの、あの本読みたいんだけど…」とそこの店のオーナーに言うと、すかさずオーナーは目の前の人を作家とは知らず「面白いでしょ?」。


「用心棒日月抄」


藤沢周平の作風は、おそらくこの時代小説から変わったと思う。


それまではどちらかといえば暗いところがあった。


でも、「用心棒ーー」は、タッチが明るい。


しかも、実に面白い。


お勧めです。



昨日、京都の町家「伝々(でんでん)」で実施。


初の試みです。


幸せコーディネーターの山本さんを講師に迎えまして、幸せについての話をいろいろしていただきました。


三重県松阪市のBさんが6人連れで、金沢のNさん、兵庫県宍粟市のSさん、思ってたよりもたくさんの方に来ていただき、感謝。


山本さんが山口県出身なので、いわゆる「松下村塾」を最初イメージしていましたが、それでは堅いので、ちょっと柔らかくして、話は30分ほど、あとは食事会にしました。


夜なので、皆さん疲れておられるでしょうから。


その方が楽でしょう。


食事会は知り合いの「和つう亭」から蕎麦会席のような料理を持ってきてもらいました。


それと、兄からいただいた葡萄、神戸の方に送ってもらったスイカ。


おいしかった!


松阪組が最終電車8時45分ということで、少し早めに帰られましたが…。


実は、そこからが面白い宴会の続きになり、皆さん、喜んでもらえましたね。


NHK「証言記録シベリア抑留酷寒・絶望の収容所」という番組があったので、見ました。


95歳で亡くなった父は、戦後、千島のウルップ島にいて、2カ月後の10月、ソ連軍にシベリアへ連れて行かれた。


3年間抑留される。


森林伐採、鉄道敷設といった強制労働は、かなりひどい気候でもやらされたと生前言ってました。


昨日見たテレビでは、「密告の恐怖」というのをやっていて、「ソ連のスパイとして仲間を売る」話がありましたが、そういう話は聞いてません。


それにしても、ソ連軍に思想教育され、それを利用して日本に帰ってきた人もいたのかなと思いました。


父の場合は、収容所で熱いドラムカンの風呂で大やけどをしたため、人より少し早めに帰ることができたそうです。


「いつか、内地に帰り、畳の上で死ななければ…」


そういう思いで、必死に歯を食いしばって耐えたと。


ほろほろ会で、お世話役のMさんが主催者(協賛者)のサッポロビールの方を紹介してくださった。


「こちらは京都の方で、00さん…。こちらは00さんです」とMさん。


すると、その方。


「私は神戸。京都はエリアが違うので、行けないんです」。


???


いったい、この人は何を言っているの?


「目の前のあなたにあいさつをしているのに」


その方は、名刺を出しかかってましたが、受け取りませんでした。


私も渡しません。


そういう問題じゃないでしょ。


神戸とか京都とかで区切るのは、人間として狭い。


分かってないな。


その方、会の最初のあいさつで、こう言ってました…。


「今、情勢は厳しいですが、サッポロビールも厳しいです。ぜひ応援お願いします」


ダメだこりゃ。



昨日、西宮のMさんのお誘いで神戸のコンチェルトで飲み食べ会。


サッポロビールが主催というか協賛らしい。


総勢130人が集いました。


この会は毎月神戸で会合をしていて、コンチェルトでは年1回。


協賛会社があるためか、会費は5000円でした。


たまたま隣に協賛の1社、果物屋さんがいたので、スイカを注文。


10日の幸せ塾に参加の皆さんにサービスで配ることに。


スイカが好物なんです。


まぁ、神戸の皆さんが飲んで、食べて、集って…という感じの会でした。


Mさんは神戸ライオンズの会員だった関係で毎年参加されているようですが、それに便乗しました。


下船のとき、南部真知子社長がおられたので、あいさつしました。


来週12日、コンチェルトで南部さんを含め4人で座談会しますので。


心に満ちている善が体に溢れでて光り輝くことをといい


大に達することで人々を善に向うように教え導くことをというのである


その聖に達して測り知れないはたらきをする人々を


これをというのである


吉田松陰が富士山を見た感想を述べたとき、孟子のこの言葉を引き合いに出している。


「山がその姿を現したり隠したりして、その変化するさまは測ることができないといっても、心があってそうしているわけではない」


「徳をきわめてさえそうなのだがら、聖ということになれば、これはもうとうてい知り得るものではないということなのだ」


吉村昭の最新エッセイ集。


吉村さんは4年前に亡くなられたのですが、没後もこのような形で何冊かエッセイが出てます。


「戦艦武蔵」「漂流」「ふぉん・しいほるとの娘」「長英逃亡」などがよく知られていますが、「生麦事件」「桜田門外の変」「大国屋光太夫」「冬の鷹」といった力作も。


歴史と現地(現場)を徹底して調べる作家として有名でした。


長崎をこよなく愛され、何度もというか、おそらく80回近く訪問されているのではないでしょうか。


実は私も長崎が好きで、よく行きます。


80回は行ってませんが、おそらく20回は行ってます。


もちろん、ほとんど仕事。


吉村さんは、長崎の人は「心が広い」というか「度量がある」、江戸時代、長崎だけが外人と接触できる唯一の土地だったという、そういう背景があるのではと言っておられる。


つまり、排他的ではないということ。


旅行者にとって、それは非常にありがたいことです。


よそ者を快く受け入れてくれる土地、それが長崎であると吉村さんが言う。


長崎に限らず、九州というところは、おおむねそういう土地ではないでしょうか。


博多にでも行くと、何となく心地いいので、やっぱり、また行きたくなりますよね。


新聞によると、「全身を使って大きな紙に絵の具を塗ったりつけるイベント」。


「子供の自由な感性と発揮してもらおう」と、芸術家らが先日、大阪で開いたそうです。


これは、「ペインティング」ですが、言ってみれば、いわゆる「泥遊び」と同じ。


「泥遊び」


小さい頃、誰でも経験があると思いますが、最近はどうも見かけなくなったなぁ。


泥遊びというのは、それこそ身体ごと何もかも発散できるので、全身でキャッキャッ。


それを経験していない子は、ひょっとしたらかわいそうやね。


泥遊びをするから、全身で楽しむ心とか、自由さ、開放感、相手への気遣いとかを自然と学ぶわけやから、小さい頃は、必須やろ。


ストレスも発散するし。


変な大人にならないために、小さい頃に、泥遊び(砂遊び)だけは、しといてほしい。


大阪・南港「ATC」であるイベントに行ってきました。


8月1日までやってます。


それにしても、暑い!


タイフード、観光、マッサージ、雑貨、音楽などなど、タイランド一色です。


先日、タイ料理会に来ていただいたタイ政府商務省のスパワディさんに声をかけてもらいました。


こちらは、別棟でやっている「タイ・デザイナーズ・コレクション」の写真を撮っていたので…。


フェアの会場は屋外ーー暑すぎっ。


みんな、汗をかき、うちわを扇ぎながら、です。


タイ政府のブースの前に、ゴールデンシルクのコーナーがあったので、スパワディさんと一緒に行く。


私がチェンマイの江上さんの話をすると、「来られてますよ」。


そこへ行くと、大粒の汗をかきながらの江上さんが立っておられた。


1年半ぶりに再会。


江上さんは、チェンマイでゴールデンシルクの生産と製品開発をされていて、黄金の繭玉、黄金の刷毛、ケア製品がよく売れているそうです。


「また、12月頃行きます」と言って失礼しましたが。


「この暑さ、ひょっとしたらタイより暑いね」と、江上さん。


「そうかもしれません」




大阪・本町で会食。


4人であれこれいろいろしゃべっていると、Kさんが「ポジション」について言われた。


Kさんは、京都のある舞踊の団体についてこう言う。


「毎年その子たちと海外に行くのですが、そのとき私は端っこにいます。主役は彼女たちなので、私は付いて行くだけですから」


話を聞いている私たちは、「そうですか」みたいな顔をしている。


すると、Kさん。


「私が主役になるときは、いくらでもあるので…」


と言うそうです。


「何でもそうだと思いますが、ポジションを常に意識しておくことが大事だとおもうのです」


続けて。


「いつも、オレがオレがと主役でないと気がすまない人がいると思いますが、そういう人はいつか外れるでしょう? 自分のポジションが分かってないから…」