2023/08/13
これは限りなくノンフィクションなフィクションです。
0番目のキッカケ
日曜日は、懺悔の日。
そして反省の日である。
に行く前に今週はある決意を語って置きたい。
と言いつつ…
もう夏も半ばを過ぎ、お盆を迎えようとしている。
お盆は仏教をベースに色々な文化、宗教が融合し、
目連伝説(仏教における本来のお盆)
「盂蘭盆会の由来に目連の伝説がある。仏教における『盂蘭盆経』
に説いているのは次のような話である。 安居の最中、神通第一の目連尊者が亡くなった母親の姿を探すと、
餓鬼道 に堕ちているのを見つけた。喉を枯らし飢えていたので、水や食べ物を差し出したが、 ことごとく口に入る直前に炎となって、 母親の口には入らなかった。 哀れに思って、釈尊に実情を話して方法を問うと、「
安居の最後の日にすべての比丘に食べ物を施せば、 母親にもその施しの一端が口に入るだろう」と答えた。 その通りに実行して、比丘のすべてに布施を行うと、 比丘たちは大いに喜んだ。すると、 目連の母親は餓鬼の境遇から脱した。」Wikipedia
このような事を書くとまるで本来の盂蘭盆の姿が正しく、
仏教は人間の真理を追求する宗教?であるから、色々な宗教、
この神通第1の目連の話でブッダが言いたい事の主眼は、
話を戻す。
前回、太郎の件で5回の疑わしい侵入窃盗案件があり番号を振った
ところが❹は、通常この施設では週2回のお風呂の前日に、
それはショックだった。
今まで、最も部屋を長く離れるお風呂の日以外に、
「狼狽」その時の僕は、それ以外の何者でもない。
僕は考えた。一体太郎の認知度はどのレベルにあるのだろうと。
僕は施設の中を目的も無く彷徨い考えた。
その時職員の年配の人にこう言われた。
「グチをナースコールで言うのは辞めてくれ」と。
僕は部屋に篭りただひたすらに考えた。
今までの「怒り」に任せた自分のやり方を変えたかった。
その夜はほとんど眠れず、朝を迎え、
「怒り」
施設側は、太郎の食事のテーブルを移し大事を取った。
そして、僕はその日の風呂を済ませ、
曰く、
❶❷では、「何故同じテーブルなのに挨拶しない?」
であって、
今回の❺では、「俺はやっていない!」
だった。物が無くなったのはこれが初めてだった。
❹にはそれが無かった。
じゃあ誰だ?
そして僕はその日の夜、再び長い瞑想をした。
よく、「こうして居ても仕方ない。寝ましょう」と人は言うが、
(僕の睡眠の記事を読んで下さい。)
僕はその日の朝、聖天様と仏様から答えを得た。
そして僕はその日の朝食を辞めた。
今、朝の3時、
おばあちゃんは起き出し徘徊、
おじいちゃんはオムツ交換の時間だ。
僕はもう一度寝る。
次の投稿で終われる事を願い…。
合掌
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