1.はじめに
2016年春期に「あんハピ」というアニメが放送された。このアニメが個人的に非常に好きなのだが、なかでも4話は群を抜いてよい。唐突(&今更)ながら4話の魅力を語っていく。
2.とりあえず基本情報
- 「あんハピ」はまんがタイムきららフォワードに連載された琴慈先生のマンガが原作。
- アニメ版主要スタッフとして監督は大沼 心さん シリーズ構成は田中 仁さん である。
(以上、公式HP参照)
3.どんな話なの?
不幸体質の生徒だけが集められたクラス、天之御船学園1年7組に集った5人の女子高生の物語。
4.なにが面白いの
直接的な面白さとしては、その「不幸さ」自体がギャグとして機能する。公式HPのイントロダクションには5人それぞれの不幸のタイプとして
不運の花小泉杏(はなこ)、悲恋の雲雀丘瑠璃(ヒバリ)、不健康の久米川牡丹(ぼたん)、
方向オンチの萩生響(ヒビキ)、女難の江古田蓮(レン)。
とある。それぞれの不幸タイプを活かしたギャグで話を動かしていくのである。
こうしたギャグでコーティングしつつ、底流に流れる本作品のテーマは「自分の努力ではどうにもできないハンディキャップを背負った人間たちが、いかに幸せを掴むか」である。この普遍的ともいえるテーマを扱いつつ、決してシリアスにはならないところがこの作品の魅力だ。
5.そろそろ4話の話を...
前口上はこのくらいにして、いよいよ4話の話に入ろう。4話の内容に少し触れるので、ご注意ください。
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4話の話を要約すると、「休日に友達とラッキーアイテム探しをする」話、ということになる。このラッキーアイテム探しは担任の先生から花小泉杏、雲雀丘瑠璃、久米川牡丹の3人に課せられた宿題である(ひとりごとに別々のラッキーアイテムが指定されている)。3人にとって高校入学後、初めて友達と過ごす休日だ。萩生響は過去の経緯から、3人のラッキーアイテム探しを妨害しようとする。江古田蓮はそんな響に半強制的に付き合わされている。5人は合流し、一緒にラッキーアイテムがあるとされる丘の上の植物園に向かう。3人はラッキーアイテムを見つけて宿題をクリアできるのか。そして響はそれを阻止できるのか。-----
6.4話のここが好き!
4話はノスタルジアに満ちている。友人と過ごすはじめての休日、隠された宝物の探索、友人が発揮する意外な特技、丘の上の植物園、閉園を予告するアナウンス、夕暮れ、そのなかで萩生響は自分の幸福と他人の幸福を秤にかけて逡巡する...
こうした要素が観るものを極上のノスタルジアへと誘ってくれる。ここで感じるノスタルジアは特定の場所・時代に依拠したものではなく、時代・場所を選ばない普遍的なものだ。ジョン・フォード「わが谷は緑なりき」の舞台が1870年代のウェールズであっても、現代の日本人がそこにノスタルジアを感じるのと同じである。
ノスタルジアと並んで、4話の魅力となっているのは脚本の端正な構成である。ひとりごとに異なる三つのラッキーアイテムを一枚の写真に収斂させ、しかもそこに元々ラッキーアイテム集めの妨害を狙っていた響を絡ませるという脚本は見事としかいいようがない。原作に元となる話があるので、第一に原作が素晴らしいということになるが、アニメ脚本化するにあたってのアレンジが非常に良い方向に働いている(特殊EDが素晴らしい)。
7.そろそろまとめに...
担任の先生はラッキーアイテムそれ自体に御利益を期待していたわけではない。先生が期待していたのは、ラッキーアイテムを友達と探すことを通して生徒たちが得るであろう「もの」だ。負の業を背負った者たちが相互扶助で困難を乗り越えていくそのプロセス自体がこの宿題の狙いであった。
「自分の努力ではどうにもできないハンディキャップを背負った人間たちが、いかに幸せを掴むか」というメインテーマに対する答えの一つは「相互扶助」だ。そしてこの相互扶助を円滑に成立させる為に、不幸体質の生徒だけを1年7組に集めた。久米川牡丹はその虚弱体質故にどうしても周囲の人間に負担をかけてしまうが、他方で花小泉杏はその不運さ故に周囲を巻き込んでの騒動を起こしまくる。互いに相手に負担をかけるからこそ自然に相互扶助が成り立つ。このクラスで高校3年間を過ごすことで、生徒たちはお互いに適度にもたれかかりながら生きていく術を身につける。それこそが、担任の先生の教育意図だろう。先生の意図は成就するのだろうか。言い換えれば、学校教育は人を救い得るか。今後あんハピが格闘することになるテーマはなかなかに深いものなのだ。