『生と死のケアを考える』の著者カール・ベッカー氏が「科学とスピリチュアリティの時代」(2005年出版)に寄稿した論文が目に留まりました
以下、論文の要点をまとめてみました
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スピリチュアリティには主に3つの側面がある
1、霊魂の有り様
2、実存的課題(人生の意味付け、生き甲斐、精神力)
3、精神統一の行(眼に見えない生命力(気))
スピリチュアリティの語源「スピリチュス(Spiritus)」は、1霊魂、2生き甲斐や精神力、3眼に見えない生命力(気)を同時に意味する
霊的な気があの世から降りてくることをインスピレーション(Inspiration)
霊的な気があの世へ去っていくことをエスクピレーション(Expiration)
エネルギーが人体を巡り新陳代謝が盛んな状態をレスピレーション(Respiration)
エネルギーが満ち溢れたり精神的にエネルギーが肉体から出たりする状態をパースピレーション(Perspiration)
人体とスピリチュスは切っても切れない関係であり、命の根源、象徴、証拠
1、霊魂の有り様
死後の存続を含む一人一人の人間の存在は、基本的に霊的なものと信じる信仰を産み、それは埋葬の仕方からも伺える
古墳時代の棺は、常世への旅立ちを意味する船の形を真似し、埴輪や必需品が備えられ、悪霊や怨霊があの世から帰ってこないよう重たい石蓋でお墓は封じられた
お盆のような祖霊送迎は仏教の教義に反していたが、仏教の形式に取り組まれ今日まで続いている
浄土系の仏教が庶民に一番定着したのも「あの世」を教義の中心としていたからだろう
日本人のスピリチュアリティの霊魂的側面は大戦中「大和魂」という形で歪曲化され、戦後は「無宗教」がファッションとなった
いくら無宗教のつもりでいた人でも、寝たきりになり、末期症状にあると感じた際、「死んだらどうなるのだろう」と多少なりとも考えざるを得ない
死んだら終わりという人ほど死が怖いと感じる傾向もある
死んだら何もない、どうなるかわからない、という不安が患者に強まり、恐怖を感じている
専門のカウンセラーが患者自身のイメージ、信条、期待などをうまく引き出し、傾聴することで、潜在意識や深層心理において一番望んでいる霊魂観が見つかり、受容できるようになる(「パストラル(牧師的)カウンセリング」「スピリチュアル(霊的)カウンセリング」と呼ぶ)
スピリチュアル・カウンセリングを受けると、患者だけでなく家族も精神的に安定し、落ち着きや安心感を覚え、治療に協力的になり、免疫力が高まる
従来日本では僧侶が患者や家族のスピリチュアル・カウンセリングの専門家としての役割を果たしてきた
僧侶自身が葬式仏教に専従せず、スピリチュアル・カウンセラーとしての役割を取り戻してはどうか
2、実存的課題(人生の意味付け、生き甲斐、精神力)
スピリチュアリティは死とも不可分な関係にある
死後のことだけでなく、生涯の実存的な意味、人生を回顧(何のために死なねばならないのか、何のためにここまで生きてきたのか)するようにもなる
末期患者の人生回顧は2つに分けられる
1)理由、目標、生き甲斐など一貫性、論理構造を求める群
→生涯の意味を探り存在理由を理解したい
2)論理構造は見えないが、実存的なストーリーを繰り返し語ることで人生を確認し他者にも認めてもらいたいと願う群
→生涯の歩みを思い出し、その語りにより満足したい
いずれのタイプの患者に対しても聴き手が大事な役割を果たせる
あの世観を語り合える浄土系のカウンセラーに加え、患者が満足のいくまで話を聞き何らかの意味付けや流れを見出し無宗教の患者の不安を和らげるような禅系のカウンセラーが求められる
肉体的な治療が困難な末期患者にはスピリチュアルケアを重視し安らかな環境を整えるべき
3、精神統一の行(眼に見えない生命力(気))
単に明確な他界観を持って信じる、あるいは、人生の意味ないしは流れを把握する、だけでは精神統一が得られない
あらゆる宗教において精神統一を得るために行が説かれている
観想、瞑想、念仏、題目、祈り、唱えごと、深呼吸、座禅、ヨガ、太極拳などを通じ、精神統一と新陳代謝や呼吸を整えることも大事
身体と息を整える行は、肉体だけでなく、身体と頭を使うため、生命エネルギー(気)にもよい影響を与え、長期入院や寝たきりの患者にお勧め
臨床心理士や気功師なども聖職者同様に積極的にスピリチュアル・ニーズを好機として捉えるべき




















































