『人体科学・第二巻第一号:精神病院入院中の患者に対するダンスセラピーの展開とその検討』の共著者・柴 眞理子氏が「科学とスピリチュアリティの時代」(2005年出版)に寄稿した論文が目に留まりました
以下、論文の要点をまとめてみました
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舞踏には、社交ダンス、バレエ、モダンダンス、日本舞踏、フォークダンス、ジャズダンス、フラメンコなど、多種多様な舞踏がある
これらの舞踏の共通性は、「自らのからだが素材であり、そのからだの動きによって、ある種の内的で感情的な力を外的に表現すること」
多様な舞踏が存在する理由は、舞踏には多面的な機能があり、その機能に動機づけられ踊るため、異なったタイプの舞踏が生まれる
舞踏の歴史は、集団で共に働き、生活した原始社会において、生活に役立つ実用的な機能からスタートする
狩猟舞踏
戦闘舞踏
祈祷舞踏
呪術舞踏
医療舞踏
全員が同じリズムで踊ることで個人や集団の感情を高め、勇気を鼓舞し全員が固く結束し、成功を祈ることが狩猟や戦闘前後に行われただろう
自然現象や病気など自分たちの手に負えないできごと、神の力にすがり、悪魔を追い出すために、祈祷や呪術、医療の際に踊られただろう
個人の人生の節目(誕生、成人、結婚、病気の治療、死者の埋葬など)や、雨乞いや収穫祭、などの際にも踊っていた
文明の発展に伴い、古代文明国(エジプト、ギリシャ、ローマなど)においては、法律や儀式の発展に伴い、呪術は宗教へと変貌を遂げた
舞踏は神に捧げるものと考えられ、多くの宗教は舞踏を宗教儀式として取り上げられるようになった
舞踏の神聖視は、儀式で踊る踊り手の神聖視につながり、踊り手は神と人間を繋ぐ重要な役割を果たす者として尊敬されていった
古代文明国の中でもっとも舞踏が盛んであったのはギリシャ
ギリシャでは、審美的判断が現れ、詩、舞踏、音楽が統合され、一つの物語をつくり、ギリシャ演劇が生まれた
実用的舞踏とは異なる舞踏の独自性、つまり、人々のためのよりよい生き方を思索したギリシャ哲学による「心身一元論」、プラトンによる「舞踏は肉体の律動と霊魂の媒介者」を表現の代表に、肉体と精神の調和を求めるすべての人たちのために舞踏になった
舞踏の教育的価値が強調され、心身の調和のとれた完全な人間をつくるための教育の手段としての舞踏の色合いが濃くなっていった
古代ギリシャにおいては、宗教舞踏の側面と、人間教育舞踏の機能が付帯された
ローマ時代、中世のキリスト協会の時代の舞踏の退廃、禁止、享楽的舞踏への失墜の時期を経て、ルネッサンス期には、芸術舞踏としてのバレエが生まれた
クラシック・バレエは、長い歴史の中で確立された独自の技法と形式の上になされる一方、この窮屈な衣装や形式を捨て出発したのがモダンダンス
モダンダンスの先駆者、20世紀の舞踏改革者イサドラ・ダンカン(1868~1927)にとって、舞踏とは、「人間の魂の表現」であり、舞踏の究極の目標は自由で調和のとれた自然

(出所:Wiki)
舞踏の源泉を自然に見出し、自然な動きのリズムと形態とデザインとの調和の中に美があると考え、薄物をまとい裸足で踊る姿を、踊る人間の理想と考えた
「肉体が精神的存在の調和ある表現となる、成熟した人間の、意識的で心得た裸への回帰」を主張した
彼女の舞踏は、その時代のアメリカの若く自由な感情と生活から生まれた表現であり、彼女の舞踏の本質は、魂で音楽を聴き、肉体の内部から感情や霊感が沸き上がり、肉体を動かすことにより生まれてくる舞踏だった
舞踏における身体とは、舞踏の主体(舞踏を目に見えるものにする本人)である身体であると同時に、舞踏の素材でも身体の二重性をもつ
踊る本人の内側からつきあげてくる熱いものを自分自身の身体が語り、魂の叫びを他の媒体に置き換えず、自分自身の身体を媒体として表現することこそ、魂と舞踏の深い結びつきをみることができる
魂と深く結びつく舞踏活動は、人間形成の過程そのものであり、近代におけるセラピーとしての価値がある
人間にとって、身体ー心ー感情ー魂の関係が大切だが、教育現場では、心により支配され、情緒的、精神的な次元が無視されているため、心と感情の関係へのアプローチから始めるのが現実的であり、意識が高まるにつれ精神的次元が出現する
人間行動へのホリスティックなアプローチであるダンスセラピーには、身体ー心ー感情ー魂の関係が現れる
「誰もがかけがえのない存在である」ことを確信するために、「自己の存在と他者の存在を実感する活動」として舞踏の役割は大きい
魂の叫びとは、自分の存在の叫びであり、それが生きる力につながる



