忘れてしまう事はね、とても哀しい事だと思うんだ。
そして忘れかけの間は胸が張り裂けそうな程切ないんだろうね。
でも、全て忘れてしまう事はひどく優しい事じゃないかな。
もうこうやって君の事を思い出して、突然壊れた人形みたいに語り出す事もなく
なるんだからね。
今を全て忘れてしまった時だと過程したらね、僕は矢張り寂しくて淋しくて泣い
てしまいそうになるんだ。
だってあんなに愛した君だよ?
恒久の中の一瞬。
ほんの短い時間の話だけど。
それでも夢中になって、真剣になって、君と時間を重ねたんだ。
それは今じゃ夢みたいに昔の事になってしまったけど、でも確かな事実だった。
違うな。
今も僕にとっては事実なんだ。
きっとこれが君を忘れていない証拠だよ。
哀しみさえ感じなくなるほど、忘れてしまう事って出来るのかなぁ。
僕がね、君の膝の上に頭を乗せて、片手を繋ぎ合わせる事がどうしようもなく好
きだったのは、何処にも行けなくなったような錯覚がたまらなく愛しかったから
なんだ。
行き場もなく時間だけが過ぎて、君と過ごした時間の積み重ねが確かに増えてい
く。
そんな感覚が好きだったんだよ?
君の哀しみに濡れた瞳さえ、膝の上からは見えなかったけど。
たまに君が思い出したみたいに口づさんだ歌を子守歌にして。
僕はそれが哀しみから作られたものだって気付いたのはずっとずっと後の事だっ
た。
僕が君に詩を唄うようになって初めて知ったんだ。
ごめんね。
あまりにも遅すぎたね。
君が君の持つ何も忘れきれず、確実に忘れていくそんな哀しみと切なさと、行き
場さえない寂しさから歌っていた事をあの時気付いてあげていたなら。
ねぇ、君。
僕と君はまだ一緒に居られたかなぁ?
僕が詩を唄う事もなければ、哀しみから響いた声も消えていたのかなぁ?
今となってはもう、遅すぎるけれど。