夢花火 -3ページ目

真夏の夜の夢

ねぇ、君。
僕との関係に後悔した時は何回あった?
後悔っていうのはどうして取り戻せないのかなぁ。
勿論書いて字の如くだけど後からするものだからなのは分かっているよ?
そうではなくて何故未来で取り戻す事が出来ないのかなぁって思うんだ。
繰り返さないのは当たり前のように前提。
だけれど人間は忘れながら生きるものだから繰り返してしまうのも仕方のない事
なのかもね。
一回の後悔を埋める事が出来た人は一体世の中にどれくらい存在しているんだろ
う。
過ちを犯す事が悪い事だと言いたいわけじゃないよ。
誰もが正しい答えなんか知らないし、聖書の中にも、教典の中にも、どんな教科
書の中にも、正しい導きもなければ答えだって無いんだ。
ただ何となく大多数の者が無害だと感じて、善行だと信じたものだけが正しいと
見なされている。
それが本当に正しい事か疑いもしないで信じ続けて、その輪廻は受け継がれてい
くんだろうね。


けれど、その枠にはまれない者はいつの時代だって迫害され、蹂躙され、そして
矯正されてゆく。
迫害された側の事など何一つ考えもしないままにね。
きっと迫害された側は悩み、苦しみ、葛藤し、絶望し、そして諦めを知るんだ。
これは後悔に限った話ではないけれど。
悔やむ事にも人間はいつか区切りをつけ、埋め合わせ、取り戻す事に諦めをつけ
るんだろう。
いつかは諦められてしまう後悔に、果たして意味はあるのかなぁ?
諦められてしまった後悔は、置き去りにされたまま一体何の道しるべになるんだ
ろう。
もしもそれが諦めを指しているのならあまりにも悲しい墓標だと僕は思うんだ。