原発ゼロが閣議決定されなかった理由には、
アメリカからの圧力があった。
どうして、アメリカが圧力をかけてきたか、
今日の朝日新聞11面、オピニオンに出ている。
クリントン政権で国防副長官だったジョン・ハムレ氏
(米戦略国際問題研究所 所長)の
インタビューで語っている。
①原発ゼロは日本を弱く貧しい国にする。
思った以上に自然エネルギーは利用できず、
天然ガス、石炭の火力ではコストがかかり、
日本経済は減速していく。
②原発ゼロになると、核不拡散体制に影響がある。
現在、世界中に約400基ある原発の半分を
日米仏で運転し、管理(?)してきた。
その中で、日本が原発を止めると、原子力に対する
発言力が弱まり、安全性の乏しい日本製以外の
原発が世界に出回り、強いては核が拡散して行く。
それは、とても危険な事だと氏は語っている。
ドイツが原発ゼロの向かったのは、大きな間違いだとも
語っていた。日本が原発を止めても、世界中から
無くならないとも語っている。
インタビュー記事を読んでいると、そういう考えもあるのかと
一瞬思ったが、危険な香りがした。
まず、①に関して言えば、そもそもの幸福論になる。
力ずく、エネルギーを生みだし、
「それ作れ、それ売りまくれ、それが幸せだ。」
としてきた。
幸せ=金
幸せの基準にお金で考えるのが一番わかりやすい。
私はそれについて、否定する気はないが、
幸せ=金?
少なからず、「?」疑問符がつくようになった。
経済大国2位の座についていた時代でも
必ずしも、豊かな社会の一員だと思えなかった。
歪んだ仕組みの中で、悲しみに満ちた人が
多く居たのも事実だ。
「血液の金が流れていない。」と思う。
「目に見えずとも、多少なりに、豊かな生活が
できていただろう。(生かさず殺さず)
その生活を与えていたのは、私たちだ。
勝者になれない者のひがみだ。」
そうかもしれない。
ただ、今の私は、経済的に
相当、危ないけど、幸せを感じている。
幸せ=金という時代は終わったのかもしれない。
幸せに対する考えた変えて見ても
いい時期になのかもしれない。
原発ゼロが経済の破綻につながるとは思えない。
それと、自然エネルギーが不安定だと
考えること自体、過ちだと思う。
蓄電、エネルギー変換効率を様々な
努力を否定しては、なにも始まらない。
個人で生産し、個人で電力を消費すること
だって十分できるはずだ。
②毒をもって毒を制する
その考え方もあるが、
いったん起きた原発事故による
被害の大きさ(物的、精神的被害)を
考えると、理想論かもしれないが、
この毒自体の是非を真剣に考える必要がある。
搭乗の時間になってしましました。