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只今言語化訓練中

わたしの中から言葉を紡ぎ出す事がうまくできるようになりたいのです。のみこみためこみからのリハビリなのです。

宗教じゃないです

という言葉を耳にする機会が多い。


実際、最近の新興宗教は宗教法人という形態をとっていなかったり、

宗教法人だけれども、宗教という呼び方を好まなかったり、

実際に、宗教そのものの定義もあってないようなものだ。


でも、私の周りには、宗教とは関係がないように見えて、

見方を変えれば宗教的なものは、たくさんあるように思う。


西洋医学、代替医療的健康法(ホメオパシー、マクロビオティック、ベジタリアン、ヨガ、瞑想、アーユルヴェーダ、整体、呼吸法、他多数)健康食品、大麻、自然農法、某歯医者、某バイクの愛好会、ネットワークビジネス、某マジック喫茶、自己啓発セミナー等の勉強会、等々・・・


これらに共通していることは、教祖的(尊敬されるべき)存在がいて、思想体系や哲学があり、

それらを伝えよう、又は広めようとしている。

また、実践することで、人生が変わります。幸せになれます。救われます。(精神的/金銭的に)豊かになります。と。


良いものを人教えたいと思うことは極めて自然なことであり、

一方で、人間にとって宗教は必要だから存在してきたわけで、

一部のカルト的なものを警戒するあまり、「宗教」という言葉を

ネガティブなもののイメージとしてしか

捉えられていないという風潮もどうなのか。


「宗教並みにすばらしいものなんです」


とアピールするのも有りなのではないか?


ともあれ、私は宗教及び宗教的なものに興味がある。

皆何を信じ、どのような教義で、どのようなつながりをもって

どのような活動をしているのか、純粋に知りたい。


それでもやはりちょっと引いてしまうことがある。

その団体の持つ一神教的側面が見えたとき。

「この自分が信じている道が唯一の道で、それ以外はニセモノだし、興味もない」と。

そうなってくると対話はそれ以上は進まない。

たくさんの神様が共存してきた日本であるからこそ、

色々な宗教が存在する事を認め、受け入れつつ、共生していく事は可能なのだろうから。


この際、宗教の情報開示の場としての、宗教カフェでも開こうか。

宗教を見る目が鍛えられ、カルト的なものにはまってしまう危険性も減るかもしれない。


いや、しかし、秘密結社的な側面というのもまた一つの魅力になるんだろうなあ。