SLEEPTALKER - シュウの寝言 -14ページ目

 

 試合後のメディカル・チェック。
 これが行われる部屋に入れるのは、限られた人たちだけです。

 選手と通訳とアスレチック・コミッションのドクター。そしてUFC側のドクターと保険関連の担当者とファイトマネーの送金記録をくれる経理担当者のみ。
 セコンド陣も部屋の外で待ってないといけません。
 わたしはマネジメントですけど、日本人選手の場合は通訳も兼ねているので、この部屋への入室が許可されます。

 「これでリリースですかね」
 ドクターの診断を受けながら、試合に負けて2連敗となった選手は、必ずわたしにそう聞いてきます。
 とりあえずマッチメーカーと話してみるよ。そう答えると、ほとんどの選手は「もう終わりですね」と自虐的に言うんです。
 そして両目は、一瞬にして涙で埋まります。
 そんな選手の、汗と血に濡れた頭を抱きしめる。
 

 もう25年近くこの仕事をしてますけど、そんな経験を今まで数え切れないほどしてきました。
 ほとんどの選手にとって、勝つことより負けることの方が多い。それがUFCなんです。だからこそ、リリースの懸かった試合ほど大切な試合はありません。

 そんな重要な試合で、ある決断を下した選手について書きたいと思います。
 
 名前は伏せた方がいいと思うので、A選手ということにします。
 A選手のUFCでの戦績は2勝2敗でした。
 あの時代のUFCは、2連敗したらほとんどの場合切られてましたから、前回KO負けを喫しているA選手にとって、まさに崖っぷちの試合でした。

 しかも前回の試合から半年以上のブランクがありました。膝の調子があまり良くないとのことだったんで、少し期間をおき、様子をみて、いけそうだということで受けた試合だったんです。
 現地入りしてA選手の練習をみると、思ったよりも動きがよくないんで「膝は大丈夫?」と聞いたら「問題ないです」と即答だったので、それ以上は何も聞きませんでした。
 しかし同日に現地入りしたA選手のカノジョから「ほとんど走れてないんですよ」と聞かされました。
 そんな状態で、なんで試合を受けたんだろう?
 1日遅れで現地入りしたA選手の母親と話して、その理由がわかりました。

 A選手は高校生の時に付き合っていた女性がいました。
 しかしこの女性は不慮の事故に遭ってしまい、それ以来車椅子での生活を強いられることになってしまいました。足が元に戻る見込みは全くなかったそうです。
 A選手はこの彼女のことが大好きだったので、事故後も普通に付き合いを続ける気でしたが、彼女はそれを拒否しました。
 健常者と付き合って欲しいと彼女が思ったのか。彼女自身が健常者と付き合うことが辛かったのか。それとも何か他の考えがあったのか。

 こればかりは、当人たちにしかわかりません。

 しかし結果は、そんな彼女の強い思いに押し切られた形で、二人は泣く泣く別れを選んだそうです。
 その後、この女性は〇〇に移住し、同じく車椅子で生活している男性と巡り合い結婚し、今は幸せに暮らしている。
 そしてA選手が〇〇で開催されるUFC出る。それに気づいた彼女から、○年振りに連絡がきた。

 その話を聞いて、すぐに合点がいきました。
 普段はエキストラの招待券が欲しい、みたいなことを全く言わないA選手から、この大会の時だけは、車椅子でみれる席を二枚用意して欲しいと頼まれ、それを手配していたからです。

 そうか。そんな事情があるのか。
 けど、この試合を落としたら、リリースになる可能性が限りなく高い。
 今回の対戦相手は、色々と吟味しマッチメーカーと相談して決めたから、普通なら負ける相手ではない。尚更、この相手に勝てないとなると、リリースされるというのは充分に想定できる。
 でも走ることができない状態で、どれだけ下半身の踏ん張りが効くんだろうか?A選手はグラップラーで、今回の相手は背が高いから、しっかりと倒せないと勝てる可能性はかなり低くなる。
 いざとなったら怪我したことにして試合はキャンセルできる。そう思い、もう一度だけ、わたしはA選手に聞きました。
 「その膝で試合できる?」
 「問題ないです」
 返ってきた答えは同じでした。

 大好きで大好きでたまらなかった人が事故に遭うだけでも、想像を絶する経験のはずだ。死なずに済んだのかもしれないけど、車椅子の生活になるというのがどういうことなのか。
 もう付き合いを続けることができない。

 大好きな人にそう言わないといけなかった彼女の葛藤と心痛。そして、それを受け入れないといけなかったA選手の失望と苦悩。
 わたしの乏しい想像力と人生経験で、わかる、わかる、と言えるレベルの話ではない。

 どうするべきか、何が正しい選択なのかわからない。途方に暮れていたら、一つのことに気づきました。


 A選手は、この彼女に会うことは考えていない。

 スケジュールを見ても、そのための時間を設けていなかったんです。 
 そんなにギシギシでもなかったんで、時間なんていくらでも作れる。それならさ、と思い、A選手ともう一度スケジュールの確認をしました。けど彼女に会う時間を割く気はないみたいでした。

 ということは、A選手は、現在の彼女を見ることはできない。
 でも彼女は、今のA選手を見ることができる。大きなモニターに映し出されるA選手の姿を。

 そして二人は、○年か振りに、同じ場所にいることができる。

 そうか、それが、二人で決めた「再会」の仕方なんだ。
 控え室から出て花道を歩き、オクタゴンの中に入らないと、A選手は、彼女との「再会」を果たすことができないんだ。
 
 試合は接戦でしたけど、肝心な場面で踏ん張れずに押し潰されたA選手は、惜しくも判定で敗れてしまいました。
 試合後のメディカル・チェックの時に「もう一度チャンスをくれるのなら、やりたいですね」とA選手は言いました。
 わたしは、いつも通り、マッチメーカーと話してみるよ、と答えました。

 今も昔も、土曜日の試合に負けて連敗となったUFCファイターにとって、週明けの月曜日ほど憂鬱な日はありません。
 リリースの決断は早いんで、切られるのなら99%月曜日に告知されるからです。
 A選手の場合は、前の試合で対戦相手が計量オーバーしたのに試合を受けたという経緯もあったんで、色々とマッチメーカーと話したんですけど、説得できず。リリースが決まりました。
 悪い知らせはすぐに知らせるというのがわたしのモットーなんで、A選手に連絡し、リリースが決まったことを伝えました。

 戦い続ければ、どこかのチャンスでまたオクタゴンに戻れる日が来るかもしれない。

 わたしはリリースされた選手たちに、いつもそう言ってます。

 

 そして戦い続ければ、またいつか彼女と「再会」できる日が来る。

 

 わたしはA選手に聞きました。
 「今からすぐにベラトールのマッチメーカーに連絡するけど、いいよね?」