3月28日
今日は日曜日
仕事は休みで、いつも通り自分が住んでるアパートで寝ていたら
7時半ごろ電話があり、付き添いしてくれてるお母さんの妹から
「お母さんの様態がよくないから来て!すぐじゃなくてもいいから」と言われ
行けなきゃと思いつつも慌てることはなく、準備して8時ごろ家を出ました。
向かってる途中にまた電話があり、「どこにいる?すぐきて!」とさっきとは
違う感じの内容にやばいと思い急いで病院に向かいました。
病室に着くと、目は開いてるものの声かけても反応ないお母さんがいました。
オレは覚悟はしてたけど、その現実を受け止められずなにも言えませんでした。
看護士さんは頻繁に病室にきては様子をみていました。
兄貴と二人でお母さんの手を握りずっと元気になってくれと祈っていました。
お母さんを見ていると、大きく息を吸っては吐いての繰り返しをしてて
それがすこし苦しそうにもみえました。
お母さんの妹が声かけても反応ないお母さん。
昼になり、交代で昼ごはんを食べに行くことになりました。
オレを兄貴とお母さんの兄だけ病室に残り女の兄弟は病院内にある
食堂にごはんを食べに行きました。
それから、20分くらい経った時から、段々と心拍数が少なくなり
心拍数とかが変化すると看護士がもってる携帯電話に知らせる仕組みになってるらしく
それが頻繁に鳴りだして、「もう終わりなんだな」って思いました。
昼ごはん食べにいったお母さんの兄弟も電話で呼ばれ、
みんな集まりました。
12時20ごろ、息を吸ったり吐いたりしてたお母さんが呼吸を止めました。
その瞬間「死んだ」と思いました。
なにも苦しまず眠りについたようでした。
今日は日曜日
仕事は休みで、いつも通り自分が住んでるアパートで寝ていたら
7時半ごろ電話があり、付き添いしてくれてるお母さんの妹から
「お母さんの様態がよくないから来て!すぐじゃなくてもいいから」と言われ
行けなきゃと思いつつも慌てることはなく、準備して8時ごろ家を出ました。
向かってる途中にまた電話があり、「どこにいる?すぐきて!」とさっきとは
違う感じの内容にやばいと思い急いで病院に向かいました。
病室に着くと、目は開いてるものの声かけても反応ないお母さんがいました。
オレは覚悟はしてたけど、その現実を受け止められずなにも言えませんでした。
看護士さんは頻繁に病室にきては様子をみていました。
兄貴と二人でお母さんの手を握りずっと元気になってくれと祈っていました。
お母さんを見ていると、大きく息を吸っては吐いての繰り返しをしてて
それがすこし苦しそうにもみえました。
お母さんの妹が声かけても反応ないお母さん。
昼になり、交代で昼ごはんを食べに行くことになりました。
オレを兄貴とお母さんの兄だけ病室に残り女の兄弟は病院内にある
食堂にごはんを食べに行きました。
それから、20分くらい経った時から、段々と心拍数が少なくなり
心拍数とかが変化すると看護士がもってる携帯電話に知らせる仕組みになってるらしく
それが頻繁に鳴りだして、「もう終わりなんだな」って思いました。
昼ごはん食べにいったお母さんの兄弟も電話で呼ばれ、
みんな集まりました。
12時20ごろ、息を吸ったり吐いたりしてたお母さんが呼吸を止めました。
その瞬間「死んだ」と思いました。
なにも苦しまず眠りについたようでした。