自分の存在価値とは?

 

一部上場企業で総合職として働く30代独身女子が感じること。

 

コロナになっても完全在宅にはならず部分在宅勤務を過ごす日々。

当然ながら社内で関係する人も、部分在宅勤務。

取引先は、完全在宅勤務。

 

そんな時に自分が会社で必要とされているか否かを感じる。

社内社外関わらず、自分宛の電話がどう処理されるのか。

自分が不在だったとしても、相手は、自分と話たいと思うのか否か。

それが、自分が必要とされているのか否かがわかること。

 

コロナの状況じゃなくても、何か困ったとき、誰かに相談されたい

と思われる人となっているか。

 

困っていても相談したい相手になれない、たとえその業務を担当していたとしても連絡も来ない人、不在だったらもういいと思われてしまう人。そんな人には、価値はないと思う。

 

一方で、誰かに必要とされ、自分に価値があったとしてもそれは、大変。周りが価値がない人たちばかりの場合、価値があるひとは重宝されるが、それは、その人に仕事が集まるということ。

上司は、その人に任せれば安全と考えて、その人に仕事が集中する。

企業として考えれば、それは間違っていないから上司の判断は合っているのかもしれない。

 

ただ、それは平等ではない。

仮に成果主義のような企業であれば、それは「お金」という価値に変化していて納得感はあるのだろう。

でも、the日本企業においてはそれはない。

そして、the 日本企業は、個々の特性を理解するのではなく、できない人をできるようにしようと教育しようとする。

そして、それは、上司が信頼している人に頼むため、必然的にそれは、

業務が多い人が担うことになり、その人は疲弊をしていく。

その人にとって、納得感などない。

 

そうすると、結局、平等にはならない。

「情」でどうにかしようとする空気。

 

必要とされる人になりたいという人は、世の中に多くいる。

あの人に頼めば大丈夫と言われたいという人。

 

でも、そういう人になると、すごくつらい。

 

つらいな。