晴れ「みっともないお金の使い方」川北義則著より。音譜

ここでのタイトルは「ブランド品を買いあさる女性の心理」となっていた。それが趣味ならべつに人がどうこう言うことはない。人に迷惑をかけるわけでもないし。もしかしたらブランド評論家になるかもしれないと筆者はいう。

極端な趣味はある意味オタクといわれる人かもしれない。誰ももっていない知識をもっていれば、専門家にもなれる。たとえば、「昆虫記」で有名なファーブルは、ろくに学校にも行かずに虫を眺めてばかりいて、昆虫学者として大成している。

小説家だって、どうしてもこれだけは書いておきたいと思うものがあるからこそ、長年にわたって活躍できる。その人ならではの才能があるということは幸せなことでもありそうだ。

晴れ「みっともないお金の使い方」川北義則著より。クローバー

たとえすぐに使わなくても財布に現金がある程度入っているだけで気持ちにゆとりが生まれるものだ。これを筆者は、自信をもって行動するための保険のようなものと表現している。

ここには、どれだけ持っていればいいのかといえば、年齢×1000円とあった。60代なら6万円ということになる。かなり多いが、それは現役で働いている場合だそうだ。リタイアしたら、その半分で十分だと思えるが。

ここには、ゲーテの言葉もあった。「財布が軽ければ心は重い」と。筆者くらいになれば、ふだん使いそうな金額プラス、いざという時のために10万円くらいは余分に入れるようにしているという。それは、それだけの地位にいるからだろう。

晴れ「みっともないお金の使い方」川北義則著より。ハート

気持ちよく遊べるとは、お金に関して気をつかわなくてすむということだった。遊びであっても分不相応なお金を使ってはいけないのだった。大事なのは自分の身の丈を知っておくことだった。

お金持ちはそれなりに使えばいいということだった。ここでは、漫画家の赤塚不二夫さんのエピソードが述べられていた。タモリさんの才能を活かすために、ぜいたくを知らなきゃダメだと考えていたのだ。

そのため、高級マンションを彼に与えて、自分の仕事場は木造二階建てのアパートに住んでいたという。収入が多ければこんなことさえできるのだと驚かされる。たんに金銭の補助をするだけでなく、人を育てていたのだ。その後のタモリさんの人気はまったく衰えることがない。

晴れ「みっともないお金の使い方」川北義則著より。やぎ座

この本のタイトル自体がかなりインパクトがある。みっともないことは、嫌われることでもあるからだ。誰でもそうなりたくはないと思うはず。みっともなくない、できればカッコイイお金の使い方をしたいと思う。

これは、はじめにの部分にあった「お金で幸せは変えるか」と題して書かれていた。そこで、サマセット・モームの次の言葉を引用している。

 

「十分なお金がなければ、人生の可能性の半分は締め出されてしまう」実にその通りだとも思える。筆者は、だからお金で買えるものは半分に過ぎないと述べていた。

お金は人生を幸せにする道具ではあるが、それがすべてではなかった。たんにお金は稼いだら使えばいいだけのことだった。お金を使わなくても楽しいことはできる。健康であればこそ人生は楽しめるのだろう。

晴れ「つながる技術」小山薫堂著より。ほっこり

もしそれができたら最高だろう。飲食店でも似たようなことが言える。一度行ってみて、感じがよければ、また行ってみたいと思うものだ。庶民にとっては味やサービスの他に価格も判断の基準に入るだろう。

いくらサービスや味が良くても、価格が高ければそうそう回数も行けないものだ。やはりお気軽に何度でも行ける肩の凝らない店がいい。

人のことを考えれば、いつでも緊張せずに話せる人なら最高だろう。自分は人を癒しているだろうか、とたまには振り返りたいものだ。話題を持っていることもその一つかもしれないな。

くもり「つながる技術」小山薫堂著より。ドンッ

仕事にしても遊びにしてもまた日々の生活にしても、いいことも悪いことも起こるが後になってみれば、いい思い出に思えることも多い。

もうすぐ長かった会社員生活も終わるが、やはり会社員をやったからこそ経験できたことも多い。振り返れば、エピソードも思いだされる。

そして、いい思い出ほど印象に残っているものだと気づく。当時嫌だったこともあるが、それらは忘れていくことのほうが多そうだ。

また、大変だったことを思い出せば、その時に一緒だった人の顔も思いだせる。やはり素晴らしい仲間との思い出は忘れがたい。平坦な人生もいいのかもしれないが。

雨「つながる技術」小山薫堂著より。高通通

たとえば、クレームが起きた時など、その後の対応でいい関係が築けたりという話はよく耳にする。それなどもマイナスをプラスに転じた一例だろう。

はじめ悪い印象を持っていた人が、実際に話してみると実にいい人だったりすれば、より親近感がわいてきそうだ。

先日、親戚の子どもが高校に入学したのでお祝いを送ったものの、その親からは何の返答もなかったので、少しがっかりしていた。しかし、数日後にはその子ども本人から直筆の短い手紙が届いたので、ホッとして嬉しく感じたものだった。たとえ親から言われたものだとしても直筆は気持ちに残るものだ。

本人はドジだと思っていることも、人からみれば親しみを感じることさえある。一見マイナスだと思ったことも、確かにプラスの種を含んでいることも多そうだ。

くもり「つながる技術」小山薫堂著より。ニコ

ふだん何気なく過ごしていると、自分が幸せかどうかなんて考えもしない。しかし、テレビニュースを見たり新聞記事を見れば、毎日大変なことが起こっていることがわかる。

そのたびに自分は平穏な日々を過ごせて良かったと気づくことも多い。そんな時幸せであることを実感するものだ。

だからわざわざ探さなくても、身近に幸せの種は転がっている気もする。汗をかいた後で飲む冷たい一杯の水でさえ幸せを感じるときもある。

くもりこれは実に楽しいことでもある。恋の矢

そんなことができれば、最高の人生を送れそうだ。そんな偶然はたまたま起きるわけではなかった。それなりの普段の心構えがあるから起きたことだったのだ。

ここには、それは人間力を鍛えることだとあった。その人間力は、どうしてつくのかといえば、見返りを期待せず、社会に貢献するとでもあるらしい。たとえば、道に落ちているゴミを拾う、玄関の前を掃いたらついでに隣の家の前まできれいにしてあげるだけもよかったのだ。

つまり、いい行いにはいいことが引き寄せられるということのようだ。いいことがない、と嘆くよりも、まずは自分がいいことを無意識にやっていることが先決のようだ。

最後に繰り返しになるが、「見返りを期待せず、社会に貢献すれば、自然と人間力は鍛えられる」とあった。

くもり「つながる技術」小山薫堂著より。爆  笑

意識するとは、常に心の片隅で思っているということだろう。普段見過ごしていたことの中にもヒントがつかめるということはしばしばだ。

そうやって新しい知識も増えていく。最近の経験だが、今まで自宅にやってくる野鳥などには関心がなかったが、写真を撮るようになったら気になってよく見るようになった。すると意外にも珍しい鳥がいることにも気づいた。

そして野鳥について意識していたら名前をたくさん憶えられたのだ。鳥の鳴き声だけでも種類が分かるものもある。これは実に楽しいことでもある。日常を楽しむためにはちょっとした意識の持ちようでもあることを実感した次第。