曇ウェブ「サンケイニュース」2009.5.19付けより。音符パー

かつて大ヒットした「津軽海峡・冬景色」の作詞は阿久悠さんであることは知ってはいたが、作曲については知らなかった。それは三木たかしさんだった。三木さんはそんな演歌からアンパンマンのマーチやポップス系など幅広いジャンルで作曲活動をしていた。

上記のフレーズは作詞家の荒木とよひささんが三木たかしさんの曲を作詞する時に心がけていたことだった。2人の作った歌の80%は三木さんが先に曲を書いて、荒木さんが詞をつけるというものだったという。

「自分に納得できる歌を書くべきだと、よくおしかりを受けた。彼の思いをくみ取って、ラブレターを代筆するように作詞したものです。僕の言葉は三木さんの曲が書かせてくれた」と荒木さんは悼んでいる。(三木さんはまだ64歳という若さで今月11日に亡くなっていた)

2人の関係は仕事上のコンビを超え、深い友情で結ばれていたようだ。だからこそ2人のコンビはたくさんのヒット曲となったのだろう。三木さんの作曲した約2000曲のうち5分の1にあたる400曲は二人のコンビだった。私にとってとくに印象深いのはテレサ・テンの曲だ。

このコンビについては以前、ブログでも取り上げたことがあった。2007年4月30日 から5月1日 にかけて。また、阿久悠さんとのコンビの作品については2008年9月9日 に触れていた。今日久しぶりにしっとりとしたテレサ・テンのCDを聴いてみた次第。

蛇足
今日、5月19日付けの朝日新聞、朝刊の文化面にも荒木さんは三木たかしさんを悼む記事を書いていた。そこでは「何より彼のメロディーは思いやりや根っこが深い」ともあった。