晴れ「どらく」(朝日新聞ホームページ)より。曇病院

(前日のつづき)
鎌田さんはもともとかなりのがんばり屋さんだったようだ。30年以上前には地域に心の通う医療を目指しそのリーダーとして努力を続けていたのだ。そのため無理をして日々の業務をこなしていたという。仕事中毒になってしまった結果、自身はパニック障害になってしまったと振り返る。

無理な生き方をしているとどこかにほころびが出てしまうということだったようだ。それは心と身体と家庭だった。それ以来、自分の弱さを知ってからはがんばらなくなったという。

しかし鎌田さんは常に人のために役に立ちたいという気持ちが強く、55歳から65歳までのセカンドステージでは命、環境、平和に積極的にかかわっていこうと、チェルノブイリやイラクの子どもたちの支援活動を実行している。

実際には日本各地で講演会などもこなしており、忙しい日々を過ごしている。しかし、今ではそんな忙しささえも自分が一番楽しませてもらっていると語る。人のために役立つことを楽しめるのは実に素晴らしいことだ。そんな気持ちを見習わねばな。

蛇足・・・なお、鎌田さん自身のブログのタイトルは『なげださない』だった。