「煮ても焼いてもうまい人」立川談四楼著より。

指定された時間に楽屋入りするなんてことは芸人にとって、当たり前なことだろう。それだけでなぜ大喜びなんだろう、と思ってしまう。その人は立川談志のことだった。

談志は遅れてくるのは当たり前、こないことだってよくあるという評判があるらしい。その理由について弟子の談四楼が尋ねると次のように答えている。「急いだり、イヤイヤ行って結果のよかったためしがねえ」

そんな談志だからこそ、定刻に到着すれば主催者は喜んでしまうのだ。もちろん、談志は自分に自信があり人気者だからこそ、そんなことができるのだろう。実力者の特権か、とさえ思えてくる。形だけ真似しても、始めから世間に認められなければすぐに仕事から干されてしまうに違いない。

つまり、談志は主催者にとってリスクを負ってでも呼びたい落語家なのだ。ただ落語を聞きたいのではなく、談志が演じるのを聞きたいということになっている。「ぜひ、あの人を」「あの人でなければ」と指名されるのは一般の仕事でもありがたいこと。仕事のやりがいはそんなところにもある。

「談志を聞きたい」というリクエストは多く、しかもどの会場も満員になるという。こういうのをカリスマといってもいいのかもしれない・・・な。