恐怖と、感動と、喜びと、考えさせられた体験をお話しします。

昨年12月のことです。

 

朝の忙しい時間で、車は流れているがどの車線もびっしりの高速道路を、左車線で恐る恐る走っていた。なぜ左車線かというと、昨夜コメディークラブに出演後、帰宅途中に左側に走っていたやたらと長いリムジンカーを左車線に変更しようとした時にぶつけてしまったからだ。

夜でライトは少なく暗くて、車は黒、しかも異常に長いリムジンカー、まさかまだ車体があったとは。。。なんてことは言い訳にならず、完全に私のミスで、車の保険会社を通して即解決。

軽くこする程度で、誰も怪我もなくすんだのは幸いだったが、初めての事故でそれから左側に走る車が怖くて怖くて。。。左車線を走っていれば、左に車は走ってこない。

 

事故の翌日の学校公演は、車で50分ほどのメルボルン郊外にある中学校。

50分といっても、高速道路で100キロ飛ばし続けて50分なので、かなりの距離。

事故の後の運転の恐怖と、おまけにメルボルンで一番高い海の上にある高速道路でまるで空を飛んでいるような気分になる道を、超高所恐怖症の私が、左車線、つまり左に車は走っていないが、下の海は丸見え、見ないようにしても視線に入ってくる。そこを80キロで走らなくてはならない。汗いっぱいの両手でハンドルを10時10分に握り、肩に力を入れて走った。早く過ぎてくれ〜!こんなに高いところに作らんでもええやん。下に大きな船が通るからという理由は知っているけど、どんな大きな船やねん!神戸大橋よりずーと高いやん!やっと下り坂になって海は見えなくなった。は〜。多分、海の上を走ったのは5分くらいだったのだろうが、1時間くらいに感じた。

それからほっとする間も無く、車線変更しなければならなかった。高速道路が行先によって二手に別れているのだ、一番左から一番右へ車線変更!大きなトラックが右側を絶対に速度違反でバンバン通りすぎてゆく中を。どうやって、右へ行けっちゅうの?(車の中の独り言は関西弁)

無事になんとかギリギリ車線変更し、それからしばらく左側車線をひたすら走った。

しばらくすると、田舎道になった。出口を出たかどうかも必死で覚えていない。周りには芝生が広がり、羊や馬?じっくり見る余裕もなかったのでわからないがとにかく動物がのどかに草を食べていた。さあ、朝食がわりにいつも飲んでいる手作りヘルシーココアをポットに入れて持ってきたので、やっと運転しながら飲めるぞ〜と思いきや、舗装はされているがまるで砂利道を走っているようなボコボコの道でそこを110キロで走らなければならない。片手運転などとてもできない。信号が止まったら飲もう。信号はずっとなかった。そして初めての信号も青で、汗びっしょりで学校へ到着!

先生がご丁寧に道路まで出てお出迎えしてくださっていた。感激で疲れも一気に吹き飛んだ。

そして、学校の受付へ。オーストラリアの学校では、たとえどんな人でも受付にある機械でチェックインしなればならない。生徒の安全のため。

この学校は特に厳しく、先生は「うちの学校は一度入ったら出られない、刑務所みたいです。ドアごとに鍵がかかっているので気をつけてください。ここは不審者が侵入してくることが多いものですから。安全のために。」

いろんな学校で公演させていただいたが、こんな話を聞いたのは初めてだ。

詳細を入力していくうちに、ワーキングウィズチルドレンという証明書のカード番号を聞かれた。これは、未成年者と働く人は皆申請しなければならない、過去に罪を犯したことがないかなど、住んでいた全ての国の書類を証明して取ることのできるカードだ。

もちろん、私もいつも携帯している。でも、実際受付で聞かれたのは5年ぶりだ。しかも中学校では聞かれたことが一度もなかった。さあ、入力。あれ?え?うそ〜!!!期限が切れている!まさか!学校から直接出演依頼をいただいたし、まあ問題はないだろう。公演が終わったら、すぐに更新しようっと。と軽く考えていた。

すると、受付の人が校長室から出てきて「後日また出直してください。今日は、お入れすることはできません。規則は規則ですから」とバッサリ。

ええ〜〜〜〜!!!!!

 

体の力が抜けて倒れそうになった。

車に戻り、やっとココアを飲んで落ち着いてから、帰路についた。

ああ、またあの同じ道を帰るとは!そして、また同じ道を走ってやり直し?

12月は忙しく、既に希望日には違う公演が入っていた。

断ろう。前もって全額ギャラを振り込んでくださっていたが、全額返金しよう。

世界中、どんな学校にも劇場にもイベント会場にも、入場拒否されたことは一度もない。規則って一体なんのためにあるの?だんだん腹が立ってきた。

が、よく考えると私のミスである。ここは日本ではない。オーストラリアだ。しかも学校の治安などを考えると。それでも、なんのための規則だ?と腹を立てるのを抑えて、そんな学校だからこそ、生徒さんのために行くべきだ。と考え直した。

よく公演させていただく、メルボルン中心にある学校やのプライベートスクールでは、きっとご両親が子供たちをいろんなショーに連れて行ったりされるだろうが、そこの生徒さんたちはそんな機会は滅多にないだろう。ロックダウンの後のストレスもまだあるだろうし、行かなければ!

既に入っていた別の公演を別の日に変えていただき、2週間後またこの学校へ行くことになった。

ここまでして、伺って最悪な公演になったら?いや、とにかくベストをつくそう!

何が起きても驚かない。期待しない。目の前の生徒さんと繋がって、一緒に楽しんで落語ワークショップ(教室)をして公演をして笑ってもらう。それだけが私の純真な目的。

 

そして、2週間後。

今まで伺った中学校とは全く違う生徒さんの反応に驚いた。見かけは、悪そうにツッパている子や、派手な子、規則を守っていない子が多くいただが、みんな中身はとっても純粋で素直。一時おしゃべりをしたりした箇所はあったが、あとはずっと釘付けで、みんな質問に手をあげたり、高座に上がって落語の仕草をしてくれたり、積極的に参加してくれた。

選ばれなかった子は、拗ねて寝転がったり。ああ〜まだまだ子供。なんて可愛いんだろう。

 

大柄なドレッドヘアーをしたアフリカ系女子は、ソウルシンガーみたいだったが、高座に上がると、蚊の鳴くようなか細い声で恥ずかしそうに、うどん(こちらではラーメンが人気なのでラーメンにしている)を食べる仕草をしてくれた。見た目とのギャップにびっくり。

 

高座に上がって他の生徒が披露しているのをみて、自分の席で一緒に仕草をずっと練習している子達もいた。中学生は周りを気にして恥ずかしがるので、初めてこんな生徒達を見た。

 

特に印象に残った生徒さんは、長髪のアングロサクソン系の男子。

「猿の小噺に挑戦したい人?」と聞くと一番に手を挙げた子だ。

たくさん手が上がった中からその子を選んだ。

靴を脱いで高座に上がってもらい、扇子をもって小噺を始めようとするが、もちろん一度観ただけでは覚えられない。私の真似をしてもらおうかと思ったが、この子はきっと自分なりの表現をさせたほうがいいと直感で思い、「扇子と手拭いで、あなたの思う警察官を演じてください。」というと、いきなり扇子をナイフを握るように握りしめて私の顔に向けて「言え!言わなきゃ I'll kill you! キルユー!」といった。なぜか私は全く動じなかった。「はいはい。それが、あなたのイメージする警察官なのね。では、悪い警察官のキャラで続けましょう」というと、とても嬉しそうだった。「次は、猿。モンキーを演じて。」教えたセリフを彼なりの猿でやった。普通よりもアホな猿でとても面白かった。彼のやった猿の小噺は、コメディークラブなんかでやるとウケるぞと思った。学校ではみんなちょっとひいていた。でも、演じている彼の目はキラキラ。最後までやり切った。

捨て台詞のように、高座から降りる時に「座布団買い替えた方がいいよ。」とニコリ。

確かに、座布団の下ににジャンボすし人形を隠していたので、ワイヤーがあたって座りにくかったのであろう。文句ひとつ言わずに最後まで正座して、最後に言うなんて優しい子だ。

でも、どんな環境で育っているのだろう?「キルユーI'll kill you!」そんなことをいう大人が周りにいるのだろう。そうでなければ、そんな言葉は出てこない。

後から先生に聞くと、その子は停学寸前で高座に上がったのをびっくりされたそうだ。

また、彼が私に何かしないかと心配に見ておられたそうだ。

そういう子が、将来有名なコメディアンや役者、ミュージシャンになったりする。

ああ、どうぞ何か好きなことを見つけて、そのことに突き進める人生になりますようにと、心から思った。

 

落語教室のあと、最後は腹話術落語。

違う人形が登場するたびに、ワーッという歓声が上がった。

 

公演の後は、質問コーナーでとにかくいろんな質問が途切れず、やむなくベルの音とともに終了しなければならなかった。その後も、何人か生徒さんが残って私のことろまで質問しにきてくれた。来てくれてありがとう!と抱きついてくる子や、人形をもって離さない子。人形頂戴!という子まで。

 

日本語の先生はとても熱血教師でこんなことを言われた。「落ちこぼれの生徒ほど、日本語は最後の救いなんです。他の教科で差が出ていても、日本語は皆初めての子ばかりだから、同じスタートが切れるんです。」

 

どうなることかと思った2022年最後の中学校公演。

後日、先生からこんな感想をいただき、やりがいを改めて感じたのと、またもっとこのような子供達のために何かできないか?と思いを巡らせた。


「ワークショップ、とてもよかったです。特に難しい子たちが手を挙げて壇上に上がり、みんなの前でパフォーマンスをしていて、とても感動しました。

 日本文化をベースとしたパフォーマンスやワークショップは、日本語教育の促進はもちろん、日本語敎育とは関係ないところ、例えば、新しいことを知る、違いを受け入れる、新しいことに挑戦する、自分の視野を広げるなど、子供の成長に不可欠な道徳的要素が多数含まれていると思います。わが校には様々な事情で(戦争などのトラウマや家庭内暴力など)健全な心の成長が難しい生徒が多数いるのですが、笑子さまのパフォーマンスは彼らの成長の一助になったと信じています。」

 

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