織田作之助の絶筆「土曜夫人」初版本 | 洋楽と脳の不思議ワールド

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織田作は昭和22年(1946年)1月に血を吐いて死ぬが、死の直前まで読売新聞に連載していた小説がこの「土曜夫人」。
未完のまま終わってしまったが、ボクのもっとも好きな作品だ。
「偶然というものの可能性を追求する事で、世相を浮かび上がらせ」(作者曰く)ようと試みた作品で、京都を舞台に戦後すぐの風俗が活写されていて、すこぶる面白い。
焼けなかった京都にも進駐軍がいたなんてことは、この小説で初めて知ったのだ。
ダンスホール(ディスコとは違うので、こんな風俗も知らないけれど)の場面から始まり、学習院が特別な意味を持っていたり、侯爵なる人種が存在していたり、靴磨きの戦災孤児がいたり、女中ぐるみでゲスな男の陰謀に加担するいかがわしい待合があったり、ヒロポンを打つやらブラックガール(作者の表現)の摘発があったりと、興味の尽きる事がない。
群像小説とでもいうべき描き方で、17人の登場人物の1人1人が主人公だ。
96回連載されて、1冊分の枚数になっているのだけど、タイトルとなった土曜夫人がやっと登場したところなのだ。
これから、というところで中断したわけで、残念至極なのだ。
この土曜夫人、 乗竹信子のことを作者はこう描写している。

「美貌といふものがもし生れつきのものであるなら、いかなる運命がこの女にそんな美貌を与へたのかと思はれるくらゐ、その女は美しかつた。そしてまた、美貌といふものが才能であるならば、いかなる才能でこの女はこんなに美しく見えるのかと思はれるくらゐだつた。」

「彼女は世相が変らせた多くの日本人の中で、その変り方の最も鮮やかな女であり、かつての日本人には殆ど見られなかつた人物であるからだ。」

京都篇が終わり、東京篇が始まる列車の中に登場してくるのだが、どんな風に振舞うのか興味津々じゃありませんか。

写真の初版本は昭和22年4月25日に鎌倉文庫より刊行されたもので、四六版並装、本文314ページ、定価60円。織田昭子夫人のあとがきが9ページついている。
小磯良平の挿絵が別丁で3葉(1色刷り)あって、得した気分。
版元の鎌倉文庫は、川端康成他の鎌倉文士たちが終戦間際に始めた貸本クラブで、戦後出版事業も行っていた。
久米正雄、中山義秀、高見順といった早々たる文士たちが名を連ねている。