原発国民投票、都民投票について(追補版) | SHOW!!SAGEs@Ameblo(ソーセージ?下げ?じゃなくて??@雨?飴?風呂?‥って

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元々http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/showering他でのHNで、とある方に惹かれ、20100905日デビュー‥
が、先輩「しゃわりん」(syawarin)様がおられ、(ご挨拶したものの既にヤメてる??)大変恐縮ww。当面、「新米‥」(あるいはシャワリンとか?)として、

注意☢ #原発 #国民投票 #都民投票 と #脱原発 #反原発 の #署名 は全く別!(前回稿を再整理)

いかにも「原発反対=都民投票・国民投票署名」といまだに誤解している人、そのような伝え方をしてきている人、私自身反省もあります。

しかし、あくまで(署名~投票の)結果や原発賛否はどうでもいい、大事なのは都民、国民自らが直接選択、決定する事であって、

決して「原発反対」を求める署名では無く、逆に、「原発反対」派自身や集めた署名での投票によって原発「稼働」「賛成」が「都民・国民の選択決定」という事になってしまう危険性も相当(具体例としては発災ほぼ一ヶ月後の都知事選でさえも、「原発推進」派と公言した石原氏の四期目続投を、実際に「都民」が選択したよう)にある(それを充分覚悟の上ですべきな)わけです(国民投票については他の方から質問が多いようですし、ここでは民投票に絞ります)。
私が見知った限り、今井氏も多くの人も、「原発反対」であると勝手に推測・信用しています。ただし団体として公の見解でもなく、他人に保証まではできません。
また、仮に「原発反対」でも、

A 「反・脱原発」が目的で、あくまで「都(~国)民投票」は一途・手段に過ぎず、それが実現しない・むしろ逆になりそうなら署名(まして募集など)しない、
B 「都(~国)民投票」(さらに前例化し、別のイシューでの)実現(まずは署名等集め)が目的で、結果「脱原発」は成らず、存続・賛成になってもよい

に大別二分され、

恐らく一般にも、原発を知らない大人はあまりいないのに対し、都・国民投票について、それ自体知らない人も少なくないでしょうし、
A>B、そして、AにBが乗っかって利用している、との指摘も妥当だろうと思います。

私自身もどちらかといえばA、即ち優先度としては「原発反対」ですが、
「都・国民投票」等直接民主制も重要であり、できればどちらも実現すべきだと思っています


私が「都(~国)民投票」を手伝ってきた中で触れ合った人達は、同様に「原発反対」が多かったものの、
「どっちかといえば反原発だけど、都民投票実現さえできればどちらでもいい」、さらに明らかに
「原発存続・推進」派も確かにいる(特に東日本より被災・報道・知識認識意識の割合も小さい関西、大阪市民投票では少なくなかった)と言います。

ところが
当初は、都民より厳しかった大阪市民投票を求める署名が無事目標達成し、「都民投票」署名募集期間も半分過ぎ苦戦、他方、「反・脱原発」を訴える世界会議等の集会やデモ等が盛り上がる段階で、

あくまで中立、賛否どちらでもいい(せいぜいB、あるいはやはり原発賛成・存続)と、改めて表明確認するのか?
それともAであり、表立って批判もしてくれる極一部どころか、黙って見守っている大半も引き込むか、
もう表明すべきだと思うのです。
もちろん、法律・公の枠組みとしては当然ながら、原発存続・推進派にも引き続き開かれ公平であるべきですが、
署名を求める団体・目的としては「原発反対」と表明するか、

懸念や批判に対し正々堂々答える事自体、民度向上・民主化の目的であり、排除・抑圧するのはおかしいでしょう。つまり、理念が現実、というかこの場合、法制が社会を規定していく面もある一方、法や制度があっても社会習慣・実態と乖離、例えば日本は民主政治国家65年目のハズが相も変わらず官僚や米国の言いなり、おまかせ、「政治」自体真面目に考えるのは少数とか、
そして、署名~投票の結果、原発反対派の願いとは正反対になる危険性も大、という事実・
(もし、Aというなら、署名目標達成後の具体的な展望、道筋)覚悟もきちんと伝えなければ、

後々「やっぱり騙された!陰謀だった!」「いや最初から明記してあった、確認しない方が悪い」「誰々さんは解ってたのに黙っていたの?」「誰々サンの言ってた通り、やるべきで無かった!」等と、
せっかくの想い・行動、努力、そして信頼・関係が裏切られた、もうあの連中は絶対信用しない!vsマヌケなおバカ達なんかむしろ邪魔だ!等となる危険・不安も相当に大きく怖いのです。