日本の社会と医療を破壊している新自由主義とは? | 天夜叉日記

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ひとりの医師として、そして父として、最愛の我がこどもたちのため、日本が、そして医療が荒廃していく記録を残しておこうと思う。

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私は、日本の医療や社会が無茶苦茶になろうとしているのは、米国からのさまざまな圧力と、その流れを利用して自らの利権を拡大しようとする日本政府の政治家や官僚、一部の大企業の輩が新自由主義とグローバリゼーションを推進しているのが主因であると考えています。

すなわち、交通事故の負傷者がなかなか受け入れてもらえる救急病院を見つけられなかったり、妊婦さんが産婦人科のある病院をみつけられなかったり、医師が過酷な勤務に耐えられず、現場を去っていったり、さらには、フリーターやニートの人が増えたり、全国的に経済格差がひろがり、健康保険証を取り上げられる世帯が増えたり、餓死者がでるほどに日本社会が荒廃していっているのは、小泉政権以来、日本政府が採用している新自由主義とグローバリゼーションが主因であると考えているのです。



では、新自由主義とはいったいどういうものなのでしょうか?


ウィキペディアから引用します。


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新自由主義(しんじゆうしゅぎ、英:neoliberalism、ネオリベラリズム)とは、国家による福祉・公共サービスの縮小(小さな政府、民営化)と、大幅な規制緩和、市場原理主義の重視を特徴とする経済思想。


資本移動を自由化するグローバル資本主義は新自由主義を一国のみならず世界まで広げたものと言ってよい。

国家による富の再分配を主張する自由主義(英:liberalism、リベラリズム)や社会民主主義(英:Democratic Socialism)と対立する。


変遷

第二次世界大戦後、1970年代頃まで、先進諸国の経済政策はリベラリズム(ケインジアン)が主流であった。これは、伝統的な自由放任主義に内在する市場の失敗と呼ばれる欠陥が世界恐慌を引き起こしたとする認識のもと、年金、失業保険、医療保険等の社会保障の拡充、公共事業による景気の調整、主要産業の国有化などを推進し、国家が経済に積極的に介入して個人の社会権(実質的な自由)を保障すべきであるという考え方である。

このような、大きな政府、福祉国家と呼ばれる路線は、1970年代に入り石油危機に陥るとマネタリストやサプライサイダー(供給重視の経済学)からの批判にさらされる。当時、英国は英国病と揶揄された慢性的な不況に陥って財政赤字が拡大し、米国でもスタグフレーションが進行し失業率が増大した。こうした行き詰まりの状況を生み出した責任が、国家による経済への恣意的な介入と政府部門の肥大化にあるという主張である。

こうして1980年代に登場したのが新自由主義である(ハイエクの新自由主義論:1986年)。その代表例が、英国のマーガレット・サッチャー政権によるサッチャリズム、米国のロナルド・レーガン政権によるレーガノミクスと呼ばれる経済政策であった。サッチャー政権は、電話、石炭、航空などの各種国営企業の民営化、労働法制に至るまでの規制緩和、社会保障制度の見直し、金融ビッグバンなどを実施。グローバル資本主義を自国に適用して外国資本を導入、労働者を擁護する多くの制度・思想を一掃した。レーガン政権も規制緩和や大幅な減税を実施し、民間経済の活性化を図った。同時期、日本においても中曽根康弘政権によって電話、鉄道などの民営化が行われた。

1990年代に入ると、日本では小沢一郎(ただし、現在では小沢一郎も新自由主義に反対の立場を明確にしている)が、著書「日本改造計画」で、新自由主義の思想を集約した。「日本改造計画」では、小選挙区制の導入、市町村の全廃と300市への収斂(しゅうれん)などが述べられている。また、ビル・クリントン政権の経済政策、いわゆるワシントン・コンセンサスに基づくグローバリゼーションは、新自由主義の典型と言われた。1990年代以後に現れた、韓国の金大中政権や、日本の小泉純一郎政権、それを引き継いだ安倍晋三政権の政策も、新自由主義の典型である。


評価

「社会といったものはないThere is no such thing as society」と説き、国家に対する責任転嫁をいましめたサッチャーの下、自助の精神が取り戻されたという評価や、以下の各国に共通した双子の赤字の課題を残しつつも、英国が英国病を克服したこと、米国が石油危機に端を発するスタグフレーションを脱し、1990年代にはクリントン政権下でインターネットなどの新産業が勃興して産業競争力を回復したこと、南米ではブラジルが1990年代までの深刻なインフレの制圧に成功しブラジル通貨危機までの安定成長を遂げていることなどは、グローバル資本主義、新自由主義の功績であると評価されている。  また、日本におけるバブル後不況の克服も新自由主義的改革の成果と評価されることもある。


各国での批判

労働者に対する責任転嫁は格差社会を拡大したとの批判もあり、またチリにおけるシカゴ学派の功績は事実と大きく異なることが明らかになり、スティグリッツら公共経済学の立場からも新自由主義的な政策で国民経済経済が回復した国は存在しないことが指摘されている。債務国の再建策として新自由主義的な経済政策を推し進めていたIMFも、2005年に理論的も実践的にも新自由主義的な経済政策を推進は誤りだったと認めている。

南米では、1990年代初頭から米国主導による新自由主義の導入が積極的に行われ、貧富差が拡大、犯罪多発や麻薬汚染、経済危機といった社会問題が頻発、ストリートチルドレンの増加やアルゼンチンの財政破綻が起こった。また、ベネズエラのチャベス政権のような国民経済を重視する政権が相次いで誕生する原因にもなった。  また、日本においても改革の結果失業率は下がったものの、地域間格差の拡大、非正規雇用の増加などの問題を生んだとして批判される。 韓国では、金大中政権下で20万人以上もの人々が失業し、事実上「刑死」(失業による自殺)に追い込まれた者も多い。「左派新自由主義」を自称する盧武鉉政権でも、格差が更に広がり、経済が回復しても、正規雇用が増えずに非正規雇用が増加する「両極化」が大きな社会問題とされている。

20世紀末の西ヨーロッパでは、新自由主義の台頭を受け、イギリス労働党のトニー・ブレアが唱え、公正と公共サービスの復興を訴える第三の道に代表される「新しい社会民主主義」と呼ばれる中道左派政党を含む政権が台頭した。

また、英国保守党デービッド・キャメロン党首も党大会においてサッチャリズムとの決別を宣言した。[1]。


民営化批判

国営事業の民営化は、貧困層の排斥とサービス低下などをもたらすとの批判がある。たとえば、南アフリカ共和国においては、巨大な貧困層と差別問題、社会的大混乱を抱えるのにも係わらず水道料金が上昇したために水道料金を払えない世帯が続出、アトランタ市(米国)においては、水道管の点検と交換がままならなくなり、蛇口から出るのは赤水(鉄錆入りの水。使用には当然不適)ばかりとなって、ペットボトルが必需品となったといわれる。ニュージーランドにおいては、一旦郵便・電力・航空事業の民営化が行われたものの、再国有化が行われた業種、(郵便貯金制度やニュージーランド航空)もある。英国においては、英国鉄道は地上設備会社(レールトラック社)と複数の車両運行会社に上下分割されたが、利益を優先し施設管理への投資を怠ったため、死傷者を出す重大な鉄道事故が多発、経営も悪化し2002年に倒産、再国有化・非営利法人化などが検討されている。

新自由主義に基づいた民営化には、「国民の生存権の保障」を「『サービス』という名の営利事業」に変えたとの批判がある。つまり、従来は民だと撤退する準公共財の供給事業を官が補完していたが、新自由主義はそれを否定し「民こそ絶対だ」という単一の発想に基づいているとする批判である。

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おわかりいただけましたでしょうか?

新自由主義(しんじゆうしゅぎ、英:neoliberalism、ネオリベラリズム)とは、国家による福祉・公共サービスの縮小(小さな政府、民営化)と、大幅な規制緩和、市場原理主義の重視を特徴とする経済思想。


要するに新自由主義とは、なんでもかんでも民営化し、競争にさらすのがすべてにおいて優先されるべきだという考え方です。


郵政民営化、混合診療導入などは新自由主義の政策の典型といってよいでしょう。


確かに、新自由主義は競争をすることにより切磋琢磨し、人々が成長するという点でよい面もあるでしょう。私も研究者などの世界では、ある程度の競争は必要だと考えています。


しかしながら問題は、この論理を社会のすべてに適用することにあると思います。とくに、社会にとってなくてはならない医療や社会保障などのインフラにこの論理をあてはめるべきではありません。


例えば、医療を市場原理にゆだねるとどうなるかを考えてみましょう。


自由診療のみで皆保険制度のない米国の医療をみてみればわかります。まともな治療をするには莫大なお金がかかり、医療費の負担による自己破産はクレジットカードによる破産に次いで2番目の原因になっています。無保険者が4000万人以上いる社会です。

さらに、米国は、上位20%の所得層に70%の金融資産が集中する超格差社会であることも考え合わせますと、新自由主義を採用すると、強者が優遇され弱者が切り捨てられる社会になるということです。


実際に、新自由主義は南米やニュージーランドで採用され、完全に失敗しています。一部の富裕層にとっては成功だったかもしれませんが、大多数の貧困層にとっては害悪以外のなにものでもなかったでしょう。


繰り返しますが、新自由主義は強者の論理なのです。



我が国、日本は小泉政権以来、新自由主義を採用し、愚かにも強者優遇弱者切り捨ての世の中をつくろうとしています。




この流れが社会と医療をおかしくしてしまっているのです。



これは明らかに人災です。


強者が優遇されるよう、強者の論理で日本社会が作り変えられようとしているのです。そこに米国の意図が存在することも忘れてはなりません。



我々国民は新自由主義を即座にやめるよう、そして、社会保障費や医療費を適正化するよう、日本政府に要求するべきではないでしょうか?