駄菓子には文字通り甘酸っぱい思い出があります。
人によって、カード入りスナックだったり、シールだったり、
あんず飴のような食べ物そのものだったり。

あんちょさんのホームページから借りてきた懐かしい駄菓子の付録画像3点です。
集めていた人も多いのでは。
※あんちょさんのホームページ、懐かしい駄菓子アイテムで充実です。
 是非のぞいてみてください。

そう、あれは昭和52年の頃。

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たこちゅう

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ピコタン

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ハリハリ仮面

昔は駄菓子のコマーシャルも沢山放送されていました。
10円やせいぜい50円の菓子に、宣伝費をかけていたのが
今では不思議ですが・・・

数ある駄菓子の中でも、シールがおまけで入っているものが
数多くありました。これは森永製菓「チョコベー」シリーズ。

「○○べー」という赤塚不二夫風のイラスト入り
おまけシールが人気でした。

夕暮れ時、校庭で遊ぶ坊主頭の小学生。
やじろべえのポーズをとると、その影が山の端に伸びて
「ちょーこべー」というナレーション。
哀愁ただよう名作コマーシャルですね。
そう、あれは昭和47年の頃。

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試合前のリング上、対戦相手のアントニオ猪木にラッシャー木村はこう言い放った。

「こんばんは」

気色ばんだ表情でマイクを握った荒くれ男が発した一言は、会場をどよめかせた。

北海道出身の元大相撲力士・ラッシャー木村。
国際プロレスの最後の6年間は、エース・レスラーとして、
プロレス人生の後半はミスター・マイクの異名をとって人気者となった。

その素朴な人柄は、マイク・パフォーマンスの数々に良く表れている。
私の一番好きなラッシャー木村の名言は・・・

「おいブッチャー、今日は試合に負けたけど、
 俺には、今夜はな、ススキノが待ってんだバカヤロー!」
(ブッチャーにやにや)

国際プロレスの消滅、そう、あれは昭和56年の頃。

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小学校のそばには必ずあった駄菓子屋。
駄菓子だけでなく、10円や20円で買える玩具も揃っていた。

なけなしの小銭で、カード付きスナックや、爆竹などを選ぶ子供の姿は、
どこかいじらしい。けして衛生的とは言えない駄菓子だったけれど、当時は最高の楽しみの一つだった。

コンビニの無かった時代のこと、大人達も涼を求めてアイスクリームなどを購入していた記憶がある。
子供と大人の社交場、だったのかも知れませんね。
そう、あれは昭和40年代の頃。

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一世を風靡した「超能力」ブーム。
ノストラダムスの大予言や、日本の清田少年ことエスパー清田など、
多くのオカルトが流行りましたが、なんと言っても真打ちはこの人、
「ユリ・ゲラー」でしょう。

当時の子供達はもちろん、大人までスプーンを見つめながら
曲がれ曲がれ~、と念力?を送ったものです。

MR.マリック氏に言わせると、
「彼は超能力者というより、ビジネスマン」とのことですが。

超能力者ユリ・ゲラーの来日。
そう、あれは昭和49年の頃。

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