ソノシート | 台場一丁目商店街プロデューサー久保浩の    昭和ダイアリー

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レトロブームの仕掛け人久保浩が「昭和」の時代の古き良き、暖かな日本人の心を伝えてまいります。

付録として月刊誌などによく付いていたペラペラの

【ソノシート】
昭和レトロ製作委員会        台場一丁目商店街自治会長     久保浩の平成と闘う日々
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私は怪獣モノを擦り切れるほど聴いていました。


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実家には昔からのEP盤やLP盤が捨てずに残っていますが

 

ソノシートは残ってないなぁ・・・。

 

有ってもプレイヤーが無いので聴けませんが。


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 そのシートは通常のレコードと異なり、極めて薄く、容易に曲げることができる

程度に柔らかいため、雑誌の付録や、印刷された台紙などに透明な盤を貼り

付けたメッセージカード等に利用された。大きさはいわゆるEPサイズの17cm盤

のものが多いが、8cm程度の小型盤も存在し、このタイプは専用のプレイヤー

で聴くものが多い。色は赤または青が多い。

 

 なお、「ソノシート」は元々は朝日パノラマの商標だったため、「フォノシート」

「シートレコード」と言い換えられる場合がある。そのため、普及期には発売

するメーカーによって商品名が異なっていたが、現在ではソノシートいう呼び名

が一般的になっている。

 

 日本人 の月収が約13000~15000円程度だった1950年代後半~60年代前半

当時、EP盤が約300円、25~30cmのLP盤が約1500~3000円と高価だった一般的

なビニール盤レコードの代用として普及した。音質はビニール盤に劣り、片面しか

プレス出来なかったものの、EP並みの価格で長時間再生が可能、また大量生産

出来る事から、LP盤に手を出せない客層を中心に数多く出回った。後に音質も

改善され、ステレオ盤や両面盤も見受けられる様になる。


 

皆さんはソノシート残っていますか?

 

 

 

ご一読ありがとうございました!


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