赤川浦岳(あかごうらだけ)を下りた後は、山道をくねくねと車を走らせて30分ほどで大分県竹田市岡城址公園の総役所駐車場に到着。
観覧料徴収所にて入場券300円を支払い岡城址への坂道を歩き始めるのだが、その前に配布された岡城に関する資料から抜粋してみよう。
岡城は、中世には志賀氏の居城であったが、文禄三年(1594)中川氏の入部によって岡藩主中川氏の居城となった。現在残されている城郭は中川氏築城のものである。明治の廃藩置県に至るまで岡藩を統治した中川氏によって築城された岡城は、本丸、二の丸、三の丸、西の丸、曲輪からなる。
左手の頭上に西の丸御殿跡を見上げながら大手門跡に向かう坂道を歩くと、途中に山藤が手の届くところにあった。大手門跡の手前には赤く色づいた春紅葉があった。
大手門跡の石垣は巧みな細工が施されており、アートだな。シェークスピア劇の舞台装置のようだと思う。
坂を登り門跡を通り抜ければ、城内はほぼフラットである。城の絶壁の石垣の上から城外を眺めれば、城が要害かつ要塞であることが分かる。
そこまでして外敵の侵入を阻止しなければならない時代というのは不幸である。そして築城工事に駆り出された一般民衆の苦労はいかばかりであったか。想像を絶するというべきか。
我々はなんと恵まれた時代に生きていることか。
しみじみそう思う。(続く)












