日奈久温泉の大衆浴場「松の湯」から上がると、寒さで収縮していた身体が芯から温まり、全身が弛緩すると同時に額に汗がにじんでくる。外に出て長椅子に腰かけ、自販機で買った茶を飲む。冷気をむしろ心地よく感じるから、人間の身体というのは条件次第でどうにでも変わるものだと、なんだか可笑しくなる。

 

 

身も心もほっこり。入浴前に着用していたセーターを脱いで日奈久の街を散歩することにした。日奈久温泉にかつてのにぎわいはない。寂れる一方である。熊本地震のときは日奈久断層帯という名前が災いし、風評被害により日奈久温泉から人が消えた。地震が鎮まり、地震で損壊した建物の復旧工事が始まると再び観光客が訪れるようになった。

 

 

路地を歩くことには楽しみがある。例えば、居酒屋「歩夢」。「あゆむ」もしかして「ポエム」と呼ぶのだろうか。

 

日奈久といえば、西南の役のとき官軍の上陸地がある。田原坂の戦いの後、敗走を続ける薩軍に対して官軍は容赦のない攻撃を仕掛ける。日奈久は薩軍の食料集積供給地としての役割を担っていた。この日奈久に向けて艦船が海上から砲撃し、ついには官軍が日奈久に上陸するのであるが、そのときの銃撃の後がかつてあった建物に残されている。

 

 

現在はその海岸沿いに高速道路南九州道が延伸された。長距離移動する者は便利になったが、旅館や観光を生業とする者にとっては大いに景観を損なったので死活問題である。温泉があるというだけでは人を呼び込むのは難しい。(続く)

 

松とれて軒にぶらりと句をつるす

 

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