鴨長明が生きたのは、平清盛、源頼朝が生きた時代であって、後白河天皇、後鳥羽院の時代でもある。加えて親鸞ともかぶるのだ。京都は火事、竜巻、大飢饉が続き、庶民からすれは悲惨な時代だった。そんなとき、老後の8年間、方丈の隠居庵にあって鴨長明が考えたことは何だったのか。今は、読む前であるから何も知らない。がねが読むには、年齢的に早いのか、遅いのか、どっちにしろ人生を考える上において参考になることがあるに違いない。


 新井満「方丈記」の目次を見たのだが、全20章からなり、内容から前半と後半に分けることができる。そもそも鴨長明「方丈記」に章などないのだが、現代語訳をするうえで、読みやすく、分かり易いように工夫してあるのだ。前半部分が災害ルポルタージュで、そんな無常な世の中をどのように生きるか自問自答しているのが、後半部分ということになる。


 「まえがき」から少し引用してみよう。


 鴨長明は、なぜ出家し隠棲したのか?その理由としては、出世競争に敗退したからなど、諸説ある。しかし、もっとも大切なポイントは、無数にあったであろう選択肢の中から、最終的に、あえて山中独居の生活を選んだ点にある。要するに長明は、自由になりたかったのだ。天災からも人災からも、組織や地位からも、名誉や出世競争からも、生まれ育ちや財宝や不動産からも、そしてわずわらしい世間や家族からも、およそありとあらゆる拘束から、脱出したかったのだ。すなわち、“自由への脱出”である。


しらぬいのがね-方丈記2


 これを読めば、「わ~なんてカッコいいんだろ」と思う人が少なからずいるのではないか。だけど、これってつい先だってブログにアップした「小説なんか読んでいるとロクなことにならない」という話とかぶっているではないか。社会の第一線を引退し、老後をどう過ごすかというときに丁度フィットするのであって、つまり、功なり、財をなした人が優雅に老後を過ごすには適しているかもしれない。しかし、若いうちから“自由への脱出”をしてしまったら、ロクなことにならないことが多いように思うのだが、どうだろう。