母を早くに亡くして後、飲んだくれになり果てた父は体を壊してしまった。母のもとへ早く行きたかったのだとカトちゃんは思う。その父が亡くなったとき、カトちゃんは800万円ほどの金を手にした。


 父を亡くした後のカトちゃんは、まるで父親と同じように酒を浴びるようになった。仕事が終われば誰彼となく誘い、夜のネオン街へと足を運んだ。カトちゃんは金を2年ほどで使い果たした。いつしか忙しく働いていたテレビ局の下請け会社の仕事を辞めてしまったカトちゃんは、習慣化してしまった癖が抜けず、カードローンにまで手を出した。


 カトちゃんが青年の住む安アパート○○荘を訪ねてきた休日、2人して自由が丘に遊びに行った。それまでほとんど買い物などしたことがない青年は初めて入った自由が丘丸井で高価な羊皮のジャンパーを買った。


 その直後だった。カトちゃんが意を決して絞り出した言葉だった。「金を貸してくれないか」。カトちゃんはカードローンのブラックリストに載ってしまっていたから、既にカードが使えなくなっていたのだ。


 青年は会社勤めを始めたばかりの頃であり、そのときカトちゃんに5万円を貸した。羽振りが良かった頃のカトちゃんにどれだけ食べさせてもらい、飲ませてもらっていたか分からないから、青年にとってそれくらいのことは当たり前であった。金は返さなくていいと思っていた。


 そしてしばらくの間があって、またカトちゃんが○○荘にやってきた。手にはテレビを持っていた。これを使ってくれという。青年はそれまでテレビを持っていなかった。ストイックに生きてきた証しでもあったが、会社勤めを始めたことだし、テレビを持ってもいいかとそのとき思った。


 カトちゃんが持ってきたテレビにはアンテナが直接ついていて、写りは悪くしょっちゅう映像が乱れたが、音声が聞こえるだけで充分だと思った。何も言わなかったけれど、カトちゃんとしては5万円の借金の形のつもりだったのだろう。


 カードローンで膨らんだカトちゃんの借金は、サンドイッチの店を開いている姉さんが全て支払ってくれたという。