心のなかの小宇宙で爆発するのは愛という彗星 | SHOUTER

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愛を語るひとはたくさんいるけれど、愛の意味を理解しているひとは少ないと思う。

愛とは・・・。

自分の身を、相手に差し出すことである。喜びをもって。見返りを求めず。

だけどそれを実践することは難しい。難しいどころか、自分が「これが愛だ」と思っているものは、往々にしてまったく違っていたりする。

たとえば親子の愛。これで悩んでいるひとは結構いるんじゃないかな。自分の親だから、自分を愛さないはずはない、と、思い込みたがるらしい。だけど心の中では「なにかおかしいんじゃないかな」と時々考える。

まず、それは愛じゃないと気づき、認めること。残念ながら親に愛を注いでもらえていない、とね。だけど、自分をこの世に生み出してくれたこと、今まで生きてこれたことに親も関わってくれたことは素直に感謝するのがいいと思う。

この頃は虐待だとか、親子で殺人が起きたりして、世間は大騒ぎだけど、騒ぐほどのことじゃない。それだけフラストレーションがたまる世の中だってことだし、誰の心のなかにも、殺意が芽生える可能性はある。それを、なにか汚らわしいもの、自分には関係のないものとして見てるから騒ぎたててしまう。

今は、ひとの悲しみや苦しみを、正面から受け止めてあげようとする人間が少ないんじゃないかな。

虐待の起こる家庭しかり。家庭のなかでまで「しらんふり」を決め込んで、いざというとき家族がサポートしてくれるとでも思ってるのか。

熟年離婚というのもこれからどんどん増える。もっと愛を持とうよ。

妻が女に見えないから、触るのも気が進まないなら、妻は一体何なのか。

旦那は妻がいないとなんにもできないっていうなら、できるようにしなかった妻にも責任があるんじゃないのか。

愛の本当の意味って、「相手のためを思うこと」なんだ。自分の身を切って、相手のためなら谷底へも突き落とすのが愛なんだ。

だからその辺の安っぽいラブソングに愛が語れるはずはないんだ。愛はそんなに生温いものじゃない。

そんなうす枯れたような世代に育てられた人間がいま親になって、子供に愛を注げないのは当たり前のこと。虐待も不思議なことではないんだ。

もっと全世界のひとよ、心に愛を満たして。もったいながらずにさ。