超現実を超えた日常の風景 | SHOUTER

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先日、知人と飲みに行った席で、こんな話がでた。

「最近報道されるニュースが、とても自分の国で起きていることとは思えない、思いたくない。どっか他のセカイの出来事のようだ」。

そう、これは現実に起こっている出来事・・・。たしかにテレビを通して見ると恐ろしいような事件が、実際に自分の生きている世界で起こっているのだ。

いま、この瞬間にも自分とおんなじ「人間」が、売られたり、殺されたり、虐待されたり拷問されたり飢えてたり病んでたり、そして死んだりしてる。

自分の身に降りかからないことを「他人事」と見なすなら、現実に自分が悪夢に突き落とされたとき、他の人にも自分の苦しみを他人事として見なされることだろう。

自ら体験できることは非常に限られている、それを補うのは想像力だと思う。世界中の人間が自分の周りしか見えない、「精神的な近視」になってしまったら、貪欲に幸せを求めているひとから不幸になっていくだろう。自分と、自分の家族だけの幸せを得ようとするなら、同じことを考えている人間のなかでもみくちゃにされて潰されてしまう。

自分が幸せになりたいのなら、相手をどう幸せにするか考えるべきだろう。自分が人間である以上、ほんとうの幸せは人間からしかもたらされないもの。相手の、「心からの笑顔」を引き出せたとき、いちばん幸せを感じているのはきっと自分だ。血相を変えて奪い合う社会より、笑顔で与える社会。それはある日突然に現れるわけではない。一人ひとりの努力が必要なんだ。何もしないでただ憂えているのは間違ってる。変えようとしない人間が幸せになれる社会なんてこの世にもあの世にもない。