ずいぶんご心配をいただいたようなので先日の霧ヶ峰の火事についての詳細を。少々長文になりますが、ご容赦ください。


私のお客様はご存知の方も多いかと思いますが、私は信州の諏訪地域で定期的に「くらんなか亭」という落語会を開いています。そのきっかけというのは父親が退職後、白樺高原緑の村という別荘地に念願の別荘(と言うほどの大きさでもなく小さな山小屋)を建てたからです。そこを拠点にして落語会を開催する事ができますし、休みがあれば遊びに行く事もできます。「くらんなか亭」が14年間も続けられたのも山小屋のおかげでとても重宝させてもらってます。


今年のゴールデンウィークは寄席の出番の合間を縫って次回の「くらんなか亭」の打合せついでに子供とカミさんを連れて遊びに行く事になりました。両親を含め弟家族も来て山の暮らしをほんの束の間、家族大勢で楽しむ予定でした。4日の夕方、近所の長門牧場に子供を遊びに連れて行った帰り道、山に向かってサイレンを鳴らしながら走っていく消防車とすれ違いました。見上げると山の稜線の向こうから煙が見えます。「あれ?火事かね?」なんて話をしながら緑の村の入口に差し掛かったところ家族みんなの携帯にけたたましい音と共に「避難指示」の緊急メッセージが届きました。


「霧ヶ峰高原別荘地と緑の村に山火事による避難指示が出ました」とのこと。そうは言いつつも煙の出てた場所からの距離はあるし避難指示もすぐに解除になるだろうと思い山小屋まで戻ってきました。ところがふと窓から山を見ると、すぐ向こうに火の手が見えるではありませんか。まるで近距離での大文字焼きです。しかし大文字焼きではないので「いやぁ〜やっぱり夏の風物詩やわぁ〜」などと雅な感想は言ってられません。煙だけでなく火まで見えると一気に恐怖感が増すものです。まだ距離にして5キロ程は離れているでしょうが、遮る物がほとんどないのでもっと近くに見えます。それにどんどん火が山肌を下りて来ているようにも見えます。




ご近所の人達と「大丈夫かしら?」「お宅は避難しますか?」「うちはそろそろ荷物まとめます」「いや、あれは来ないでしょう」などと暫く立ち話をしていましたが、子供もいる事を考えると我が家は一応避難した方がよかろうと避難場所に指定されてる小学校に逃げることにしました。とりあえず毛布と充電器と貴重品だけを持って小学校に向かいます。


小学校に着くと校庭に次々と避難する車が入ってきて、消防団の人達が右へ左へ誘導に駆け回っていました。明らかに物々しい雰囲気。体育館の中にはテントが張られ、パイプ椅子には毛布を膝にかけて携帯と睨めっこしたりヒソヒソ話をしたり不安げな面持ちの人達が50人ほど座っています。まさにテレビで災害時に目にするあの風景が広がっていました。緊急事態に直面してるのかとここでやっと実感した気がしました。もちろん緊迫感は震災とははまだまだ比べ物にならないでしょうが。




ここで家族会議。もちろんここに避難している以上は体育館のテントで寝るしかありません。子供がいるからこそ避難したのですが、我が息子はまだ3歳。グズった場合は周りにも迷惑になるし、テントに一度入った以上は泊まらないと申し訳ない。それならば荷物をまとめて今夜中に東京に帰った方がいいのではないか?夜中の長距離運転となり少々ハードな選択ですが背に腹はかえられません。予定はキャンセルして東京に帰ろうと意見がまとまりました。まだ火の手がすぐに迫ってくることはないだろうから、急いで荷物をまとめて全部戸締りをしてから東京に向かおうと一度山小屋に戻ることにしました。


山小屋に戻って荷物を全て積んで東京に帰ろうとヘトヘトになって山のふもとまで下りてくると、我々とあべこべに避難していた人達が次々別荘に戻ってきているではありませんか。消防車もサイレンを鳴らさずに山からどんどん下りてきています。少しホッとした空気が山に広がってるのが肌で分かりました。聞いてみると避難指示こそ解除されてはいませんがほぼ鎮火してこれ以上は燃え広がらないだろうとの話が入ってきたのです。


ここで再び家族会議。この疲労困憊の状態で車を長距離運転して東京に帰るよりは、状況は落ち着いてきているので逃げられるようにしておいて山小屋で仮眠を取る方がむしろ安全ではないか?ならば事態が急変したら改めて避難する事にして、今夜は遅いからとりあえず寝ようと再び意見がまとまりました。そして結局山小屋にまた戻ることになったのです。二転三転とはまさにこの事。〽︎登ったり下りたり登ったり下りたり〜え〜え〜くたーびれた…小菊師匠の唄を思い出しました。


山小屋に戻ると不安も若干ありましたが火の勢いは明らかに弱まっているのも視認できましたし、緑の村入口には消防団の方も控えていますので、私も睡眠を取りました。結果疲れていたのか私は朝までぐっすり寝ました(笑)


小鳥の鳴き声で目が覚めると昨日の喧騒が嘘のようでした。山の方に目をやると稜線が一部黒ずんでいます。鎮火を目視できました。もうすでにハイキングに出かける人達が道路を歩いています。嘘のようにゴールデンウィークらしい山の景色が戻っていました。昨夜は全国ニュースになるほどだったし我々家族も右往左往しましたが、地元のケーブルTVは御柱祭の事ばかり放送していますし長く住んでる人達は避難していない方も多かったようです。なんとなく地元の人の方が悠長に構えているというのがわかりました。地元の方は山をよくご存知ですから風向きや火の勢いでどの程度で済むか判断がついたのかもしれません。しかし今回の一件で緊急事態に直面した時は万が一を考えて避難しておいた方がいいのかなと私は思います。「大した事なかった」と言えるのは振り返ってみると幸せな事ですから。




Twitterで報告したので驚かれた方も多かったようで心配のメッセージもたくさん頂戴しました。ありがとうございます。結果今回の火事では人も建物も被害が無かったようでホッとしました。しかしやはり火の恐ろしさを改めて思い知る事ができました。消火活動に当たった皆様に心から感謝です。皆様もどうぞお気をつけ下さい。乾燥注意報が出てる時はやはり火の始末はきちんとしないと怖いです。見た目はなんの被害も無かった緑の村でしたが、実は辺り一面焦げ臭いニオイは暫く残っていました。そう考えると火事はやはり近くまで迫っていたんだと思います。まぁゴールデンウィーク中ですのでどこかの家のバーベキューの残り香だった可能性も高いのですが(笑)


柳枝