今年は暖冬だが今日は格別寒かった。
冷たい風が吹くと肌がピンと引っ張られる。
ついついコートのフードを被ってしまう。
久しぶりの日本舞踊のお稽古に行く。
熱が入って少し長引いた。高田馬場へ急ぐ。
高田馬場は学生街だからカラオケボックスも安い。
今夜の勉強会で演る予定のネタをさらう。

久しぶりに今夜は「鰍沢」をやろうと決めた。
この寒さがそう思わせたのかもしれない。
4月に横浜の独演会でリクエストもされたし、
今思い出しておけば多少は楽だ。
まるで笑うところの無い噺だし不思議なネタだ。
落語には珍しいサスペンスな噺。
主人公の旅人が不条理な災難に遭うところは
ヒッチコックの映画を彷彿とさせる。

この噺は三遊亭圓朝師の作と言われている。
「玉子酒、鉄砲、毒消の護符」この三つのお題で即興で作ったらしい。
しかしはたしてそうなのだろうか?
演れば演るほど疑問がわいてくる。
三題噺にしては色々完成度が高過ぎるのだ。
勿論圓朝師匠が亡くなって120年の間に数々の名人によって
工夫や演出が施され磨かれてきたのは承知。
しかし大まかなあらすじは変わらないはず。
どうもその時点で出来過ぎてるというのが僕の印象だ。

何回か仕事で山梨の鰍沢にも行かせて頂いた。
行って良かったとつくづく思う。
思い描いていた落語の「鰍沢」の風景そのままだったからだ。
ちなみに主人公の旅人は昌福寺から小室山へお詣りし、
毒消しの護符を入手。
宝論石霊場から釜が淵へ向かい遭難する。

小室山妙法寺は古くて静かな山間のお寺だ。
身延の総本山の煌びやかなイメージとは異なる。
法論石もまるでひっそりと隠れるようだ。
渓谷に挟まれた富士川の流れはやはり早い。
殆ど昔のままの風景が残っている。

山梨は決して豪雪地帯ではない。
しかし一度ドカ雪に見舞われると
そこは盆地の恐ろしさ、陸の孤島と化す。
5年前には大変な被害に見舞われた。
だから雪に閉ざされると恐ろしい。
僕が訪ねたのは夏と秋だった。
しかしここが雪に覆われた風景をイメージするのは容易い。

鰍沢を歩いてみて確信した。
圓朝師匠は確実に鰍沢を訪ねている。
取材に基づいてなければあの噺は作れない。
甲州の山村の独特の空気は感じていないと表現できない。
この土地を見なければあの噺は完成しない。

もしかするとお題をもらっても即興でなく
ある程度時間をかけて作ったかもしれない。
それならば納得もいく。
もしくは既に過去に鰍沢を旅していて細かな
風景を思い出し即興で演れたのかもしれない。
どちらにしても演る度に圓朝師の創作能力に
僕は驚かされるのだ。

今宵の「正太郎の部屋」は寒さに助けられた。
お客様が「鰍沢」の寒さを想像するには有利な条件だった。
今度横浜で演る時はもう桜も散った4月だ。
お客様が寒さを想像するには僕が話術を磨くしかないかもなぁ。

正太郎