震災の木によって造られた仏像があるお寺(真福寺大日堂)(宝徳寺) | レレレの行ってみたらこんなとこ!

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散策で主に史跡、神社仏閣を巡ってます
各地のガイドマップに載っている史跡、山川出版社から出ている歴史散歩シリーズの画像補完計を秘かに計画しています(笑)
ドライブの一助になれば幸いです(^^)
愛書家(読書家とは違います(笑))なもんでたまに本のことも書いてます

前回からの続き(1月9日のこと)です

清水坂を登って行くと、左手に今度は
真福寺大日堂があります
住所・京都市東山区清水2丁目248
こちらも清水寺の塔頭
御本尊 大日如来
旧本尊は清水寺・宝蔵殿に移されているということです
この旧本尊は空海作と伝わる
歴史など
天文3(1534)年、中御門富小路にあった尊体寺(そんたいじ)が現在地へ移り、真福寺を名乗ったとされる
(京都・山城寺院神社大事典参照)

入り口にはこのような大きな看板があります

入り口左側の看板
東日本大震災の大津波
陸前高田の松原から流され戻され流木松
学生たちが鎮魂の真心込めて一心に彫りすすめ
被災の人たちもひとのみ加えた大日如来坐像
一本松の浜辺から清水さんのお膝元へ
遷座したる御尊像
祈りもうさん
(原文のまま)

入った正面にその御本尊を見ることが出来ます
その横にはこの座像が造られることになったパネルが展示してあります
周りはお土産物屋さんばかりで、その中にポツンとお寺がある感じですが、そのような仏像が祀られています

更に進むと、すぐにあるのが
宝徳寺
住所・京都市東山区清水1丁目25
清水寺・塔頭
なのに浄土宗西山深草派🤔
御本尊 阿弥陀如来
歴史など
寛文7(1667)年、僧徳空創建開基すと「京都府他誌」にみえる
「坊目誌」には、慶長9(1604)年に念仏道場と称する小庵が建立されており、徳空(齢誉)がこれを改めて寛文3(1663)年堂宇を造営したとされています
「拾遺都名所図会」には、一遍上人が開いたと紹介
こちらの御本尊も聖徳太子が彫ったと伝わっているそうです
(京都・山城寺院神社大事典、ネットより参照)

その先の店先に石碑があります

清水坂

いよいよ次回から清水寺のことになります
では、またぁ〜(* ̄∇ ̄)ノ