道元禅師示寂地や二十六聖人発祥の地 | レレレの行ってみたらこんなとこ!

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散策で主に史跡、神社仏閣を巡ってます
各地のガイドマップに載っている史跡、山川出版社から出ている歴史散歩シリーズの画像補完計を秘かに計画しています(笑)
ドライブの一助になれば幸いです(^^)
愛書家(読書家とは違います(笑))なもんでたまに本のことも書いてます

前回からの続き(令和4年11月12日のこと)になります
旧京都市立成徳中学校を後にして、高辻通りを西へ向かいます
この辺りは以前散策してたので、懐かしい史跡などを見受けます
ここもそうでした
道元禅師示寂の地
住所・京都市下京区高辻通西洞院西入北側
道元禅師と言えば、曹洞宗の開祖で、越前国(福井県)に永平寺を建てられた方です
その道元は、病の療養のため上洛されているところで亡くなられたそうです
以前の記事→道元禅師示寂の地 


そのまま西へ進むと、堀川通りに出ます
今度はそこを上がって行きます
四条通りの手前に気になってたとこがあるので探しました
建物の横にあるから見落しそうになりましたよ💦
二十六聖人発祥の地
住所・京都市下京区堀川通四条下る四条堀川町272-6
以前、こちらは京都四条病院という病院であったようです
現在はアーバンホテル京都四条プレミアムというホテルに変わっていました

銘板
 二十六聖人発祥の地
ここから西百メートル妙満寺町に1594年フランシスコ会のペトロ・バプティスタ神父により聖マリア教会 病院 学校 スペイン使節館が建てられた
1597年2月5日に長崎で殉教した二十六聖人は同神父をはじめ五名のフランシスコ会士と三名の日本人イエズス会士および十七名の日本人信者で殆どここで活動した人であった
ここに建設された聖アンナおよび聖ヨセフ病院は京都最初の西洋式のもので貧しい人が多数収容された
ここに二十六聖人を顕彰するとともに救貧救病の社会事業が行われたことを記念して銘板を掲げる
1979年 駐日スペイン大使館  カトリック京都司教区
(原文のまま)
二十六聖人
1597年、豊臣秀吉により、長崎でキリスト教宣教師・信徒ら26人が処刑される
日本最初の殉教者
1862年、ローマ法王から聖徒の尊称を贈られる
(日本史辞典参照)

26聖人に関するにところに過去にも行ってました→妙満寺跡 二十六聖人発祥之地 


今回紹介した銘板と、リンクした妙満寺跡二十六聖人発祥之地となっている石碑
堀川通りを挟んで離れていますが
以前も紹介してるこちらの本↓では

銘板の方は出発地点
妙満寺跡の方が発祥の地という説明になっていました

石碑のことが続きます🙇
では、またぁ〜(* ̄∇ ̄)ノ