2009年10月初め、米国ロサンゼルスにて米アドビ システムズの開発者向けカンファレンス「Adobe Max 2009」が開催された。
その基調講演において、iPhoneに関するふたつの発表があった。
ひとつは、米アドビシステムズがリリースする次期Flash Player 10.1。
もうひとつは、マルチメディア制作環境の「Flash CS5 Professional」がサポートしたiPhoneアプリの書き出し機能だ。
これらはiPhoneとその周辺にどのような影響をもたらすだろうか?
アドビの発表をまとめつつ、今後、起こりうることを考察してみた。
マルチタッチに対応したFlash Player
MAXにて発表されたFlash Player 10.1 は、モバイル環境で動作する、初の本格的なFlash Playerである。
従来、モバイル用のFlash Playerには、サブセットである「Flash Lite」が使用されていた。
一方、今回のFlash Player 10.1では、PC、携帯電話、ネットブックなどで同じ機能性を実現している。
これにより(スペックさえ足りていれば)PCで表示されるものと同一のコンテンツを、携帯電話でも表示できるようになる。
ちなみにFlash Player 10.1は、Flash Playerをあらゆるデバイスで同じように動作させる環境を作るプロジェクト「Open Screen Project」における、初の成果物でもある。
またFlash Player 10.1では、マルチタッチ、ジェスチャー、加速度センサー、モバイル用のテキスト入力、GPS位置座標ライブラリなどもサポートしている。同時にリソースが限られた(?)実行環境でのスムーズな再生を目指すべく、メモリー効率の向上や、GPUへの対応なども行なわれている。
このマルチタッチの対応などは明らかにiPhoneを意識したものだろう。しかしながら、Flash Player 10.1は、SymbianやAndroidといった主要なスマートフォンには搭載される予定だが、iPhoneへの採用は現状では未定という。
FlashがiPhoneのビジネスモデルを破壊する?
では、なぜiPhoneにFlash Playerは搭載されないのだろうか?
その問いについて、かつて米アップルのCEO、スティーブ・ジョブス氏は、「FlashはiPhoneには重すぎる」という主旨の発言をしたと報道されている。
確かに、現状のモバイル端末においては、PCと同等のコンテンツを表示することはムリがある。
iPhoneのユーザー体験をよりいいものにするために Flashを搭載しない、というのはもっともらしく聞こえるが、Flash Playerの排除にはもうひとつの事情があるように思える。
それは、Flash PlayerがiPhoneのビジネスモデルを破壊する可能性だ。
iPod/iPhoneが成功した理由の一端には、iTunesを起点とする、独占的なコンテンツの配信と販売にある。
ところがFlash Playerは、ほかのプラットフォーム上に自身のレイヤーを構築し、デバイスが本来持っていた独占販売モデルなどをバイパスする手段を提供してしまう。
コンテンツプラットフォームとして見た場合、Flash Playerも本質的にはiPhoneの競合なのである。
将来的にアドビがFlash Playerの基本機能として「Adobe Store」を用意して、Flashと連動した音楽や映像の配信サービスを始める可能性もある。
アップデートであとから機能を拡張できるFlash PlayerやAIRを採用してしまうと、最悪、iPhoneが単なるFlash再生デバイスになってしまうのだ。
このようなリスクがある以上、例えアドビに「Adobe Store」を作る意図がなくても、アップルがFlash Playerの導入に難色を示すのは自然なことに思える。
現状、アドビができることといえば、iPhone以外のスマートフォンにFlash Playerを提供して、アップルがiPhoneにFlash Playerを搭載しないと不利になると考えることに期待するしかない。
ところが実際にはアドビはFlash Player 10.1の発表に加えて、さらにアクロバティックな解答を出した。それが、iPhoneアプリの書き出しだ。
「Flash for iPhone」という新たな一手
MAXの基調講演では、次期「Adobe Creative Suite」(CS5)に含まれるFlash Professional CS5にて、iPhoneアプリを直接作る「Flash for iPhone」をサポートすると発表していた。
この機能を使えば、ActionScript 3.0(AS3)によって作成したコンテンツを、iPhone用のネイティブアプリとして書き出せる。
つまりFlashの開発者は、iPhoneアプリの開発に必要な言語(Objective-C)やツール(XCode)の使い方を習得せずに、自分のFlashコンテンツを直接、iPhoneアプリ化できるようになるのだ。
ここには大きな発想の転換がある。iPhoneにFlash Playerを搭載したり、Flash PlayerをApp Storeで公開することはできないが、FlashコンテンツをiPhoneアプリにしてしまうならどうだろうか?
Flash for iPhoneは、Low Level Virtual Machine(LLVM)を用いることで、AS3からARMアセンブリコードを出力して、iPhone用のネイティブアプリを直接作成する。
書き出されたバイナリは、XCodeによって作られる通常のiPhoneアプリと何ら変わりがない。
iPhoneアプリはアップルの審査を受けてから公開されているが、その審査基準に抵触しない限りは、アップルとしても拒否する理由はないだろう。
Flash for iPhoneを使うことで、基本的にFlashで制作されたコンテンツの大半は、そのままiPhoneアプリとして利用可能となる。
もちろん出力されるアプリは、マルチタッチや加速度センサー対応など、Flash Player 10.1およびAIR2でサポートされた新機能を使うことができる。
例外は、Flash for iPhoneで作られたアプリでは、ネットからSWF(Flashの再生ファイル)を動的に読み込んだ場合、そのSWF内に含まれるAS3のコードを実行する権限がないことと、「PixelBender」と呼ばれる画像処理スクリプトエンジンが使えないことである。
これは、iPhoneのプログラム開発者ライセンスに、スクリプトエンジンおよびJITコンパイラの組み込みを禁止する条項があるためだ。
MAXの基調講演では、iPhone上で動くFlash製のコンテンツとして、アニメ「サウスパーク」風のキャラクターを作れる「South Park Avatar Creator」など、いくつかのアプリが紹介された。
アプリの一覧はアドビのサイトで確認できる。
これらは開発中のCS5で作成されており、すでにアップルの審査を通ってApp Storeで購入できる。
公開されたアプリを実際に試してみた限り、多少フレームレートが低いものの、Flashを用いて十分に実用に足るiPhoneアプリが作れるという印象だった。
iPhoneアプリをウェブでPRできる
iPhoneアプリの開発環境にFlashが加わることで、何が変わるだろうか。
単純に考えれば、ウェブ系制作会社やFlashの個人製作者におけるiPhoneアプリ参入が増えて、FlashゲームのサービスなどもiPhone化が積極的に押し進められるだろう。
App Storeで公開されるアプリは爆発的に増えることとなる。
だた、変化はそれだけには留まらない。
Flashで作られたiPhoneアプリは、ほんの数行の修正、iPhone依存の処理を取り除くだけで簡単にウェブ版やAIR版を作り出せる。
これを利用すれば、ウェブ上で体験版を無料で提供しつつ、App Store上でiPhone版を有料を提供する、といった新しい配信モデルが実現できるようになるのだ。
iPhoneデベロッパーにとって、App Storeでのアプリ販売は、ランキングと新着以外で露出を確保することが難しいという問題点があった。
Flashベースのアプリなら、ウェブブラウザー上で実際に動く体験版も作れるので、この問題を克服できる可能性がある。
Flash Professional CS5のパブリックβは、2009年末にアドビの実験サイト「Adobe Labs」にてリリースされる予定だ。
Adobe CS5および同Flash Pro CS5の具体的な発売日、および価格についてはまだ発表されていない。
現状は、Flash Pro CS5のみの対応だが、将来的にはFlash Builderなど、ほかの関連開発環境からの出力も可能になる予定である。
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