平成23年5月15日に廣野由美子著『ミステリーの人間学―英国古典探偵小説を読む』という書籍を読破 | 松陰のブログ

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平成23年5月15日に廣野由美子著『ミステリーの人間学―英国古典探偵小説を読む』という書籍を読破しました。

  私はイギリスもミステリーも好きなので、タイトルに惹かれてつい購入してしまいました。ミステリーの文学性を問うという書籍でした。ミステリーというと謎解きがメインですが、それよりも人間の描写に注目しています。推理小説に登場する事件を解決する主人公にも個性があります。チャールズ・ディケンズが創作したバッケト警部。バッケト警部は人間観察を推理の土台とし、自分の直観を重視するタイプ。問題解決へと導く際、人間の心理を巧みに読み取ったり操ったりします(48頁参照)。ウィルキー・コリンズが創作したカフ巡査部長。カフ巡査部長は、痩せた体形、とがった神経質そうな顔立ち、鋭い眼光で陰気な雰囲気を漂わせています。細部を重視して証拠を徹底的に洗い出すという捜査方法が特徴です(87頁参照)。アーサー・コナン・ドイルが創作したのは、周知の通り、有名な探偵シャーロック・ホームズ。射るような鋭さで、肉のそげ落ちた鷲鼻が、顔の表情全体に機敏で果断な印象を与えています(100頁参照)。シャーロック・ホームズは、一滴の水から大海を、ひとつの環から鎖全体を推理するという考え方を駆使し、細部の観察によって人の経歴や職業を推理するという実践方法を使います(102頁参照)。チェスタトンが創作したブラウン神父。東部地方のとんまの典型で、顔はノーフォークの団子みたいにまん丸で間が抜けていて、目は北海のようにうつろという容姿(132頁参照)。ブラウン神父の推理方法は、その職能から、自ずと聖職者としてのものの見方の特徴が表れます。自分は人がどのような精神状態で罪を犯すのかを、犯人の心情が実感できるようになるまで、ひたすらに考えます。そして、自分が犯人になりきれた時に、犯人が誰であるかが分かります(137頁参照)。アガサ・クリスティーが創作したのは、探偵エルキュール・ポアロ、ミス・マープル、探偵トミーとタッペンズ、探偵ハーリ・クィン、パーカー・パイン、バトル警視です(184頁参照)。中でも、エルキュール・ポアロ、ミス・マープルは有名です。エルキュール・ポアロは、頭の形は卵そっくりで、いつも少し首をかしげています。口髭はぴんとはね上がって軍人風。身だしなみが驚くほどきちんとしていて、ちょっと埃がついただけでも、まるで銃弾の傷を負ったといわんばかりに大騒ぎをします(162頁参照)。このような個性のある主人公が事件を解決する過程においてヒューマンドラマを展開させていくのです。

 私もアガサ・クリスティーに関しては小説も読みましたし、映画も観ました。ベルギー人のポアロがよくフランス人に間違えられるシーンは印象的です。「ブリュッセルと言いたまえ」と怒っています。捜査の間に垣間見られるコミカルな会話がイギリス風のウィットに富み、作品に彩りを添えます。余談ではありますが、私は推理小説、推理ドラマを見る時、初めは犯人探しなどで楽しみます。そして、犯人が明かされ、事件の全貌が分かり、読み終えたり、見終えたりした後は、もう一度、最初から読み、観て、その推理の整合性を楽しみます。アガサ・クリスティーの作品は巧妙です。後から見直して、例えば『青列車の秘密』は共犯者が互いにアリバイを作り上げているのが分かります。アガサ・クリスティーの作品の中でも『オリエント急行殺人事件』は有名。犯人は意外な人物です。謎解きだけを見れば、レイモンド・チャンドラーが「この作品の謎解きは、頭の切れる読者を狼狽させ、間抜けにしか思いつかないもの」と酷評したのも頷けるかも知れません(180頁参照)。まあ、集団リンチのようなものですからね。このオリエント急行殺人事件という小説が評価されているのは、推理よりもバックボーンになる人間ドラマだと思います。デイジー・アームストロング事件という背後があり、その事件の中で葛藤する人間の気持ちが展開されているから評価されているのでしょう。

 この『ミステリーの人間学』という書籍の中で紹介されたコリンズの『白衣の女』に興味をそそられました。ローラという被害者に同情の念を感じずにはいられません。また、社会の盲点、組織的な犯罪の恐さを感じます。組織的な犯罪という意味でも、この『白衣の女』と先に述べた『オリエント急行殺人事件』とに類似性があるように思えます。組織の成員が共謀し、人間を陥れる陰湿さ。正義の重要性が問われます。『ミステリーの人間学』の中に「探偵小説は、民主主義国家にしか生まれないことも、ヘイクラフトをはじめ多くの批評家によって指摘されています。(中略)探偵小説が本来、正義とフェア・プレーを前提として読者の論理的思考を鍛錬する文学であることに起因する。正邪の区別が不確実となり、国家自体が巨大な犯罪組織と化しかねない戦時中にあっては、探偵小説が持つそのような性質は、特定の敵国の文化を超えた危険な因子をはらんでいることを、当局側は自ずと察知するのだろう」(31頁参照)とあります。推理小説の根底に流れる正義の心が、小説を通じて、正しい社会へと導くのであれば幸いなことです。理不尽な物語りを読むことにより正義の心が芽生えることを期待しています。