土岐坤・中辻萬治・服部照夫共訳、M・E・ポーター著『競争の戦略』という書籍を紹介する。
土岐坤氏・中辻萬治氏・服部照夫氏共訳、M・E・ポーター氏著の『競争の戦略』という書籍は、企業が取り巻く環境に対して、どのような戦略を打っていけばよいのかを提示している書籍です。企業をひとつの主体として見た時、環境を構成する要素との間に関係という意味の連鎖があり、その関係によって対応する方法が異なってくるのです。要素間の関係の在り方を認識することが重要です。
競争戦略とは、会社の努力の対象(目標)と、そこへ到達するための手段(ポリシー)の合成のことです(7頁参照)。会社がどれくらいうまく目標に達成できるかの限界を決める、広範な視点から戦略策定に影響する四つの要因があります。それは、①会社の長所と短所、②戦略実行者達の個人特性という内部要因と、③業界の好機と脅威(経済的と技術面)、④社会からの期待、の四つです。①会社の長所と短所とは、資金源、技術特性、ブランド知名度など、物的資産と人的技能の面で、競争相手と比べてどこが強くどこが弱いかのプロフィールです。②戦略実行者達の個人特性とは、選択された戦略を実行する責任を負った主要経営者や他の管理者のやる気と能力です。③業界の好機と脅威とは、業界の動向、および、より広範な環境です。業界にどんな好機と脅威が予想されるかによって、競争の環境、どんなリスク、どんな報償があるかが決まるのです。④社会からの期待とは、政府の政策、社会問題、慣習の変化、その他諸々のことが会社にどう影響を及ぼすかという点です(8頁参照)。
競争戦略をつくる際の決め手は、会社をその環境との関係で見ることです。中心になるのは、会社が競争を仕掛けたり仕掛けられたりしている業界です。業界構造の在り方は、会社が今後とりうる戦略に大きな影響をもつだけでなく、競争ゲームのルールを大きく左右させるのです。決め手は、これら外部要因に対する処理能力の会社間の差違なのです。競争状態を決めるのは、基本的に五つの要因です(17頁参照)。五つの競争要因とは、①新規参入の脅威、②代替品の脅威、③顧客の交渉力、④供給業者の交渉力、⑤競争業者間の敵対関係です。業界の競争が、既存の競争業者だけの競争ではないことを示しています。こういった広い意味での競争のことを、広義の敵対関係と名づけています。極端な場合は、経済学で言う完全競争です。新規参入は無制限、既存の業者は誰一人として供給業者および顧客に取引上の圧力をかけられず、全ての企業、すべての製品に能力と品質上の差違がないために、全く自由な競争が行われている場合です。産業構造の分析、すなわち「構造分析」の狙いは、経済および技術の構造に基づく業界の基本特性を発見することです。この特性の上に、企業の競争戦略は策定されなければならないのです(20頁参照)。
競争戦略とは、業界内で防衛可能な地位をつくり、五つの競争要因にうまく対処し、企業の投資収益を大きくするための、攻撃的または防衛的なアクションです。特定企業にとってのベストの戦略とは、つきつめていうと、その特定企業の環境を計算に入れてつくられた特異な戦略に他なりません。しかしながら、最も広い意味で戦略を考えると、長期的に防衛可能な地位をつくり、競争相手に打ち勝つための三つの基本戦略があることが分かります(55頁参照)。五つの競争要因に対処する場合、他社に打ち勝つための三つの基本戦略とは、①コストのリーダーシップ、②差別化、③集中です(56頁参照)。この三つは、それぞれ一つの原理によって一貫しているのです(この三つの戦略は、別々にも、組み合わせても利用できます)(55頁参照)。個人的な見解ですが、コスト競争、つまり安売りの過熱化はチキンレースのような戦いに繋がり、結局、業界内の全ての企業から利益を奪う、どの企業も幸福になれない不毛な結果を生む可能性があるので、あまり勧められない戦略だと考えています。
競争戦略とは、競争相手よりもすぐれている点を生かして、その価値を最大にするように事業を位置づけることです。したがって、戦略策定の主眼は、綿密な競争業者分析にあります。競争業者分析の目的は、競争相手の今後の戦略変更の内容とその成功の可能性を探り、他の同業者が新たに採用する有効な戦略上の動きに対する各業者の反応を予測し、さらに将来発生すると思われる業界内での変化や、業界を超えた幅広い環境面での変化に対する各競争業者の対応を知ることです(73頁参照)。孫子の「彼を知り己を知れば、百戦して殆うからず」です(『孫子の兵法』守屋洋著 61頁参照)。競争業者分析は、四つの診断的要素からなっています。それらは、①将来の目標、②現在の戦略、③仮説、④能力です(74頁参照)。
競争業者の将来の目標、仮説、現在の戦略、能力の分析が終わると、三つの質問の答えを見つける作業をすることになります。この作業によって、競争業者がどのような反応をするかについての全体像を知ることができます。①攻撃的な動き。競争業者がこれから行おうとしている戦略変更を予測することです。(1)現在の地位での満足度、(2)予想される動き、(3)予測される動きの強さと重大さを推定します。②防衛能力。この業界の企業なら採用が可能と思われる戦略上の動きの一覧表と、今後発生すると思われる業界内および環境面での変化の一覧表を作成することです。(1)弱点、(2)挑発、(3)対抗行動の効果の一覧表を作成し、推定します。③競争分野の選定。ある企業がとった行動に対し、必ず競争相手が対抗行動をとるものと仮定すると、戦略上での問題点は自社にとって最も有利な競争分野はどこかということになります。最も有利な競争分野とは、競争相手の体制が整っていなかったり、戦おうという熱意が欠けていて、競争を極力避けているようなマーケティング・セグメント、ないし戦略領域のことです(99頁参照)。
一つの業界内での競争に勝つための戦略には、実に様々なものがあります。しかし、そのような多種多様な戦略も、以下のような次元を切り口にすれば分類できます。①専門度、②ブランド指向度、③プッシュ型かプル型か、④流通業者の選択、⑤品質、⑥技術のリーダーシップ、⑦垂直統合、⑧コスト面での地位、⑨サービス提供度、⑩価格策定、⑪力、⑫親会社との関係、⑬自国ならびに事業を行っている国の政府との関係などです。ある企業をこれらの次元上に描き出すと、それが企業の地位を示す全体図になります(180頁参照)。
業界の今後の変化を予測するのに、製品ライフ・サイクルというコンセプト(概念)が重要です。この考え方は、業界は数多くの局面あるいは段階を経て発展していくというものです。その段階は、導入期、成長期、成熟期、衰退期となっています(217頁参照)。M・E・ポーター著の『競争の戦略』という書籍の中盤は、この製品ライフ・サイクルの各段階における戦略を述べています。この書籍で興味深い概念は、移動障壁という概念です。ある業界への新規参入を妨げる要因、すなわち参入障壁は、その業界固有の特性とみなされてきました。参入障壁を生み出すと考えられてきた主な業界特性は、規模の経済性、製品の差別化、業界変更コスト、コスト上の利点、流通チャネルとの関係、資金力、政府の方針でした(187頁参照)。参入障壁を形成している基本的な経済上の要因は、より幅広い言い方をすれば移動障壁ということになります。業界内の戦略グループは、それぞれ固有の移動障壁をもっており、それが企業間の収益性に格差をもたらしています(188頁参照)。確かに参入障壁が高ければ、新規参入を防げ、その業界内で利益を独占できる可能性が高まるのですが、私はこの箇所を読み、独占禁止法との関係はどうなるのだろうかと少し疑問を持ちました。
M・E・ポーター著の『競争の戦略』という書籍は、実に論理的に業界分析や企業分析の枠組みを提示している良書です。素晴らしい書籍には、時代を超えた普遍性があります。このM・E・ポーター著の『競争の戦略』という書籍もそのうちの一冊だと思います。