森五郎氏著の『人事・労務管理の知識』という書籍を紹介する。
「人事管理」というと、人の採用・配置・異動・昇進・退職などの一連の人事行政のみの意味に用いられることもあれば(最狭義)、またそれに企業内での教育・訓練やいわゆる「人間関係管理の諸制度」をも加えることもあり(狭義)、時には労働条件や労使関係、福利厚生などを加えて、全領域を含ませる場合(最広義)もあります。また「労働管理」というと、労使関係を中心として、労働条件や福利厚生を含む施設(狭義)の意味に用いられることもあれば、右の狭義のもの以外に、人事行政、教育訓練、人間関係管理なども含めて、最広義の人事管理と同じように用いる場合(広義)もあります(11頁参照)。
日本の大企業における人事・労務管理の基本内容を理念型として体系的に示すと次のようになります。(1)労務方針・戦略・計画・組織・評定(監査)、(2)人事・労務情報(職務・従業員・労働移動状況・労働条件・勤怠状況等の情報)、(3)狭義の人事管理(従業員としての管理)、①雇用管理(求人・選考・採否決定・配置・異動・昇進・休離退職)、②教育訓練・能力開発の管理(新入社員教育・階層別訓練・職能別訓練・自己啓発管理・組織開発など)、③モラール・モティベーション管理とリーダーシップ、(4)狭義の労務管理(経営レベルでの労使関係の安定化と労働条件に関する管理)、①労使関係管理、②賃金管理(賃金額・賃金形態・賃金体系・臨時給・退職金・企業年金などの管理)、③作業条件管理(労働時間・労働安全・衛生の管理)、④企業福利厚生の管理、(5)職場の人事・労務管理、①個別管理(個別理解・OJT・モティベーションなど)、②職場集団の管理(職場モラール管理、よいチーム・ワークの形成、目標管理など)、(6)組織の活性化(重要性、活性化への三つのステップ、具体的方法)です(39頁参照)。
企業は一定の質をもった労働者からより多くの労働の量を引き出すためには、労働者人格にかかわる労働意欲を大きくするための管理を必要とします。労働意欲を構成する要素としては、その企業や職場という集団への帰属意識あるいは忠誠心つまりモラールの大きさを基礎条件とします。しかし、このモラールが高くても実際に携わっている特定の職務そのものに熱意をもつとは限りません。現実に高い労働生産性を発揮するかどうかは、その労働者の質的大きさと、その企業や職場へのモラールの大きさを基礎条件とはしますが、しかしこれらの要因から現実の労働を大きく発揮させる直接の要因は「やる気」を引き出すことです。これがモチベーション(動機づけ)です。モラールについては人間関係研究の成果に基づく「人の理解」とコミュニケーションおよび決定への参加とが有効であり、そのための幾つかの制度や施策を整えることが必要とされています。また、モチベーションを引き起こすには、行動科学研究の成果によると、その仕事を遂行することによって現在自分が強く感じている欲求が満たされ、また自分の考えを自分の計画にしたがって実施するという、“やりがい”がもてることが肝要です。それにはモラール形成にしてもモチベーションにしても、そのための制度や施策を従業員に用いさせて現実に従業員にモラールやモチベーションを引き起こさす人が必要です。これがリーダーであり、そのリーダーが組織成員を一定の目標達成に努力するように影響を与える過程がリーダーシップです(93頁参照)。
モラールという言葉は、アメリカでも一般の辞書では気持ちとか精神と定義している場合が多いようです。モラールの概念は、社会的あるいは集団的なものです。モラールには二つの意味があって、初めは「勤労意欲」という意味に用いられていましたが、1930年代の後半からは、むしろ「集団的関心」とか「集団への帰属意識」あるいは「集団への忠誠心」などの意味に多く用いられるようになりました。所属集団への帰属意識としてモラールの理論やモラール向上の管理については、ホーソン実験が有名です。「人間関係」という言葉が特別の意味を持つようになったのは、1924年から1932年にかけてハーバード大学の社会心理学の教授のエルトン・メーヨー氏を中心にアメリカの西部電気会社のホーソン工場で行われた、いわゆるホーソン実験です。これは、1924年に同工場のディクソンという人事部長が、労働者の労働能率促進のために能率増進の要因の研究をメーヨー氏などに依頼したことから始まります。そしてその実験研究は前後四回にわたるもので、二回の実験は、今まで労働能率に最も関係が大きいと考えられていた明るい照明とか、時間の短縮や休憩時間の挿入、間食の支給、その他の作業環境の改善などが、実際に能率増進に及ぼす影響を調べたものでした。それによると、確かにこのような作業諸条件の改善は労働能率を向上させますが、しかしその改善をもとへ戻してもやはり能率増進が続いたという事実を二回とも確認することができました。そこでこの原因は結局、従業員の作業に対する態度という要因にかかっていることになりました。そこで第三回目の調査として面接プログラムを合計21,126人に実施して、彼らの作業態度に何が大きく影響をするかということを調べました。その実験に関係したレスリスバーガー氏は著書『経営とモラール』を記載しました。『経営とモラール』に拠ると、労働能率を上げるための物的条件を改善しても(“変化”)、そのままに“反応”が表れる場合もありますが(Ⅰ)、しかし、“変化”は“態度”を通して作用して、初めて“反応”となるのが一般です(Ⅱ)。そしてその“態度”そのものは、各個人の経歴と職場の社会的状況によって異なったものになります(Ⅲ)という結論が得られました。そこで職場の状況は一体どのように構成されているかを調査することになり、1931年から1932年にかけて、第四回の実験として職場の実況の客観的観察を行うことにしました。その実験に拠ると、①その作業場の十四人の構成員の間には、自ずから非公式な二つのグループができていて、それぞれの気風が違い、能率も違うこと、②各自の座る席が、自ずから古参の順に定まっており、各自の能率は、各自の知能係数や器用度とは必ずしも相関関係が大きくなくて、むしろ各自の作業意欲の方の影響が大であること、③この集団の人々は工場で与えられたノルマをあまり守らず、自分達のペースに合った標準をつくって生産抑制をしていたこと、などが明らかになりました。このように8年にわたる四回の実験の成果から、関係者は職場における人間関係の中に新しい法則を見出したわけで、これが「人間関係研究」と言われるものです。この人間関係研究は、今までの経営組織の上にも、また人事・労務管理論の上にも著しい影響を与えることになりました(95頁参照)。このメーヨー氏とレスリスバーガー氏のホーソン実験は経営学史上、有名な実験であり、野中郁次郎氏著の『経営管理』の59頁にも掲載されています。
森五郎氏著の『人事・労務管理の知識』という書籍を学生時代に読破したのですが、実際、社会人になってみて、理論と現実の乖離を感じました。「企業は人なり」と言いますが、人間が人間を管理する時、そこに血の通った管理がなければ企業の繁栄はありえません。『人事・労務管理の知識』では、210頁に組織の活性化について述べています。成長する企業というのは活力のある企業だと思います。そういう意味で、組織の活性化は重要です。そして、組織の活性化には、ホーソン実験から得られた人間関係論が基本となっているように思えます。人事・労務管理の基本は人間関係論だと考えています。